「・・・?」
着いて早々の違和感
彼の勤める銀行が単身者用に借り上げているマンションは
玄関の脇にお風呂があるタイプ
洗面所が通路側に面しているから窓があり
そこから明かりが見えた
・・・消し忘れかな?
ハンドバッグの中から鍵を取り出して
扉を開けると
脱ぎ散らかされた彼の革靴の横に
黒いパンプスが転がっているのが目に飛び込んできた
・・・っ
ヒュと嫌な音が喉の奥を鳴らした
刹那
「・・・ぁ、・・・ゃ、こ、うやぁ」
彼の名前が艶やかな声に染まった
・・・・・・な、に
さっきまでの高揚感は嘘みたいに消え去って
胸が狂ったみたいに強く打ち
身体が尋常じゃないほど震えている
こんなこと初めてで
逃げ出したいのに
馬鹿な私は
そっと扉の中へと入ることを選んだ
隅に揃えてヒールを脱ぐ
玄関を入った所は五畳程のキッチン
その奥にある部屋との仕切りのガラス扉は少し開いていて
その所為で嫌でも耳に入る声に向かって脚を向けながら覚悟を決めた
ガチャ
態と音を立てて開いた扉の中は
予想通りの展開だった
「・・・なっ、なによっ!」
「・・・っ!」
同時に振り向いた二人の顔は
同じように驚いているようで違っていた
「莉子っ、違うんだ、これはっ」
洸哉は彼に跨って叫声を上げていた女に
うっとりするような視線を向けていた癖に
私と視線が合った途端に
女を乱暴に退けると起きあがろうとして
「違わないわっ」と叫んだだけで
裸体を隠そうともしない女にしがみつかれてしまった
・・・気持ち、悪い
急速に冷えていく感情が行き着く先はひとつだった
「・・・さよなら」
「や、待て、莉子っ」
この期に及んで最悪な男だ
「洸哉ぁ、良いじゃん、あの人
別れたがってるんだからぁ」
「違っ、お前黙ってろよ」
「違わな〜い。洸哉私が一番って言ったじゃないっ」
・・・くだらない
洸哉のために買った買い物袋の中身を
逆さまにしてぶち撒けて
手に握りしめたままの鍵を
テーブルの上に放り投げると
部屋を飛び出した