最初に話し出したのは、車いすに座る父親だった。彼の表情はその場の誰よりも柔らかく優しげで、コンビニに来るお客さんも皆こういう人ならいいのにと思わずにはいられなかった。
「君が例のコンビニの女の子だね。守から話は聞いてるよ。今日は来てくれてありがとう」
どうやら東堂家では既に私について何かしらの話をしていたようだ。彼の口ぶりと、私を受け入れますと言わんばかりのその表情から簡単に悟ることができる。「あの」と反応する私に、彼は「ごめんごめん」と言いながら歯を見せて笑ってくれた。
「隣の彼がすごい形相で見てるから、ちゃんと自己紹介からするね。僕は守の父親で、東堂薫。で、こっちが妻の百合子。それから……この不愛想なおじいさんのことはもう知ってるよね?一応説明しておくけど、僕の父親ね」
一通り説明を終えると、彼の妻も柔らかな笑みを浮かべて頭をさげてきた。おじいさんは……彼の言った通り、不愛想だ。どうせ私のことを例の如く『気が利かない若者』と今この瞬間も思っているに違いない。
「で、ちゃんと説明してください。ここが何をするところなのか」
横を向くと、確かに鬼のような形相をした木嶋碧斗がいた。幽霊にそんな顔をされるとさすがに怖い。それにしても、この人はまだ怒っているのだろうか。いい加減機嫌を直してほしいと思いながらも、今隣にいてくれて正直ほっとしている自分もいた。この状況で私一人だったら、おそらく逃げ出していただろう。人間ではないにしても味方がいてくれるというだけで、人はこんなにも救われるものなのかと改めて感じる。
「木嶋碧斗君だね?木嶋君のことも守から聞いてるよ」
薫さんがそう言うと、碧斗君は守さんの方をちらっと見た。それから何も言わずに早く説明をしてくれという表情を作り、もう一度薫さんの方に向き直る。いつまで怒ってるのだろうと少し申し訳なくもなったが、薫さんはそんな彼の姿を見てクスッと笑った。その笑い方と表情は守さんにそっくりで、私は思わず口角を上げた。
「まず一階部分の説明をするね。『東堂屋』って書いてあったと思うんだけど、あそこは昼間僕と妻でやってる定食屋。祖父が始めた店で、僕で三代目になるんだ。だからこの人が二代目だったってことね」
言いながら薫さんはおじいさんを指さした。指された本人は相変わらず表情一つ変えず腕を組んでじっと遠くを見据えている。その姿をじっと見ていると、薫さんは「この人のことは気にしなくていいからね」と私の気持ちを悟ってくれたようだった。
「そういう訳で昼間は僕たち上で定食屋をしてたんだけど、見てもらったら分かるように僕怪我しちゃってさ。だから今休業中で店は閉めてるんだ」
薫さんがそこまで言うと、おじいさんが「まったくまぬけな奴じゃ」と呆れたように口を挟んだ。
「父さんは黙ってて」
「黙っていられるか。だいたいお前は昔から——」
ここへきてまさかの親子喧嘩が勃発した。そうこうしている内に今度は百合子さんが「ごめんなさいね」とこちらも少々呆れたように苦い笑顔を作った。
そんな家族の様子を見て、さらに呆れた様子の守さんがカウンターからこちらへ来て、私たちをステージ前に置いてあるテーブルへと誘導した。