保健室を出ると、そこは静寂が支配する廊下が見えた。
 二人だけの世界に迷い込んだ錯覚に襲われ、私は夢の続きでも見ているのかと思ってしまう。

 聞こえるのは二人の足音だけ。
 私は龍二と握ったまま教室へと戻っていった。

「月姫、もう体調は大丈夫なのか?」
「はい、先生。すっかりよくなりましたわ」
「そうか、それはよかった。ただ、その、一応授業中だからなぁ、手を握り合うのはちょっと……」

 教師の言葉で、私は夢から現実へと引き戻される。クラスの視線が私に集まり、男子からは羨ましがられ、女子からは……ドス黒いオーラが見えていた。

 私にとって視線などどうでもいい。むしろこのまま、ずっと繋いでいたい。そのために、魔性の力で教師を傀儡にしてやろうとも考えた。

 でも、それを使ってしまったら、龍二と二度と一緒にいられなくなる。そんな気がしていた。

「言われなくても、今、離しますわ。それと、勘違いしないでよねっ、これは、龍二から握ってきたのだから」
「ハニーの言う通りさ。僕はハニーが安心するよう、手を取り合ってるだけさ」

 顔、顔は大丈夫よね、ニヤけてなんかないよね。普段の顔になってるよねっ。鏡を出したいけど、ここで出すのは不自然ずきるわ。

 名残惜しいけど、龍二と繋いだその手をゆっくりと離すしかなかった。

 徐々に失われる彼の温もり。
 心にはポッカリと大きな穴が空いてしまう。

 見た目こそ気丈に振る舞っているが、私の心には悲しみの大雨が降り始めた。