「満月楼の楼主の件は、どうなっている」

 座敷に座っている男は地を這うような声でそう問いかけた。男の側にいた数人の遊女は訳が分からないといった様子で互いに顔を見合わせている。すると間もなく、すっと襖が開いた。
 
「さすがに中々口を割りませんね。普通ならもう殺してくれって騒いでる頃合いなんですが。そろそろ手が滑って殺してしまうかもしれません」

 終夜は自身の血に塗れた袴や手を見ながらそう言って、男と一つの台を挟んで腰を下ろした。血まみれの終夜を見た遊女たちは、ひっ、と短く息を飲み、額には汗が滲んでいる。

「とっくに殺していると思ったが」
「いやだなァ。俺をなんだと思ってるんですか?今生(こんじょう)の罪くらいはちゃんと認めさせてから殺さないと」

 終夜はいつもの通り、飄々と言葉を返した。

「証拠は?」
「証拠?」
「あの男が旭を殺した証拠はあるのか、と聞いている」
「そんなもの、必要ありませんよ。……それとも、今回に限っては必要ですか?」

 どこか挑発するような口調でそういった終夜は楽しそうに男の様子を伺っていた。

「どうやらあの宵という男の事、たいそう気に入っている様ですね。妬けちゃうなァ」

 わざとらしく拗ねた様子の終夜を男は一瞥してすぐに視線を逸らした。

「終夜。お前は一体、何がしたい」
「そうですねェ。今は、宵とかいう楼主を殺したい。そうすればきっと、俺の気持ちは幾分か楽になると思うんですよ」
「だったらどうして殺さない。いつものお前なら、殺したい相手はとっくに殺しているはず」
「本当に、俺を何だと思ってるんですか?こう見えても葛藤してるんですよ。いろいろとね」

 明るくそう答える終夜を横目に、男は酒を飲み下した。

「忘れないでくださいね」

 終夜の軽薄な様子だった雰囲気は彼が瞬きを一つした後で明らかに変わった。圧をかけるような終夜の口調に動じた様子を見せていないのは、終夜の前に座る男ただ一人だけだった。

「俺はアンタの犯した罪を知ってる。その大げさなまでに飾られた立場から、この吉原すべてを見下ろせるこの場所から、一瞬でアンタを引きずり下ろすことが出来る、秘密をね」

 終夜がそう言うと、男はぴくりと眉を動かした。

「因果応報とはまさにこのことだ。現在の吉原の様子はまるで、犯した罪は決して消えはしないと暗喩(あんゆ)している様だとは思いませんか?頭領(かしら)

 吉原の裏の頭領、(あかつき)は眉を寄せた後、何も言わずに視線だけを終夜に移した。

「そんな顔しないでくださいよ。宵を連行する許可をくれた事には感謝しているんです。でもここから先、この件にアンタは無関係だ。邪魔をするなら、アンタを消さなきゃいけなくなる」

 終夜はそう言うと気だるげに立ち上がって暁を見下ろした。

「俺にそんな惨い事、させないでくださいね。頭領」

 屈託のない笑顔でそういう終夜を暁は表情を変えずに見つめた。その後終夜は出入口の方へと身体を向けながらくつくつと喉元で笑い、歩きだした。

「旭の死を、お前はどう思っている」

 暁の言葉に終夜はピタリと足を止めた。

「どう思っているかと聞かれても、人の生死自体に対して興味はありませんとしか答えようがないですね」
「なるほど」

 そういう終夜に一言そう返した暁は鼻で笑った。

「鬼の子よ」
「ここは浮世の地獄。鬼くらいいますよ」

 終夜がそう言い残して出て行った部屋で、遊女たちは安堵の息を吐いた。見てはいけないものを見てしまった気になっているに違いない。遊女たちが無理やり作った笑みは酷くぎこちなかった。