「ねぇ、なんで私をモデルに選んだの? 他の人でもよかったのに。荒木さんとも撮ってたじゃない。それはどうなったの?」

「どうもなってない」

 そういえばあの写真、どこに保存したっけ。

「それで、なんで私?」

 西日のあたる廊下で、彼女は両手の指先を絡める。

そのまま、真っ直ぐに伸びをした。

その横顔を一枚。

彼女は誰もいない教室の扉に手をかけると、こっちを振り返る。

肩までの髪が頬にかかった。

「ま、どうだっていいけど。関係ないし」

 その姿はすぐに教室の中に消えた。

消えゆくその瞬間の、扉に吸い込まれていく半身をまた一枚。

「ここで、荒木さんとも撮ったんでしょう?」

 彼女の視線が何もない教室のなかを、何かを追うように流れる。

ゆっくりとその腕が宙に伸びた。

微笑んで、肩に頬を擦り付けるような仕草をする。

ピクリと体を動かした。

「どうしてその写真を使わないの? あの人、背も高いし顔も綺麗だし、モデルとして申し分ないと思うけど」

 ふいに彼女の視線が、真っ直ぐ俺に向かう。

「それとも、ここで宝玉を見かけた?」

「お前、ハクか」

 構えていたカメラを下ろす。

「舞香だよ?」

「舞香ならそんなことは言わない」

「どうしてそう思うの?」

 背後で扉が開いた。

山本とみゆきだ。

「あ、お前らこんなところで撮ってって……」

「!」

 山本が口ごもる。

「いや……何でもない……」

 みゆきは宙を見つめたまま、ガツンと固まった。

「おい、みゆきどうした」

 みゆきの顔から、血の気が引く音が聞こえたような気がした。

青ざめ、倒れるかと思った瞬間、我に返る。

「いいいいいいやぁ何でもないよおお」

 明らかに動揺していて、動きはぎこちない。

みゆきは山本と目を合わせる。

「ねえここにいても、しかたないんじゃない? しゃしんとるの、じゃましてもわるいし」

「そうだね、みゆきちゃん。場所をいどうしようか。じゃましちゃ悪いし」

 もつれた足で転びそうになったみゆきを、山本が咄嗟に支えた。

ガタガタと机をかき分け、二人は逃げるようにして教室を出て行く。

俺は舞香を振り返った。

彼女はニコリと微笑む。

「やだ、あの二人。なんかやましいことでもあったのかな」

「んだよそれ」

 いくら舞香でもハクでも、そんな言い方は許せない。

「付き合ってるとか?」

「それはないだろ」

 カメラを手にしたまま、彼女をギュッと見つめた。

舞香は静かに微笑む。

ふいに、彼女の体が動いた。

教室を横切り、肩までの髪が俺の目の前で揺れる。

その指先が頬に触れ、顔が近づいて、唇が触れた。

彼女は目を細め、にっこりと微笑む。

その表情に、俺は口を拭った。

「なにすんだよ」

「キス。嫌だった?」

 軽やかな足取りで彼女は扉へ向かうと、そこに手をかけた。

「本当のことを言わないと、やめてあげない」

 なんだそれ。

そのまま教室を出て行く。

俺にはそれを、追いかけることは出来なかった。