飯を食う。風呂に入る。寝る。

朝起きたら、ちゃんと着替えて学校に行く。

授業を受けて、部活行って、また家に帰る。

これ以上に、これ以外に、俺の関心も興味も引きつけるものは何もない。

それがこの世の全てで真理で、今の自分に出来る精一杯だ。

それで正解。

それが正解。

誰も何も文句のつけようのない正しい世界だ。

俺はどこも間違っていない。

平凡な日常こそ、なによりもかけがえなく大切で美しい。

 いつもの放課後がやってきた。

部室に入る。

彼女はもう来ていて、他の写真部員と一緒に、いつものように楽しく普通に過ごしている。

動画編集も3日目に入った。

それも今日で完成する。

これでお終い。

「色々お世話になりました」

「あら、まだ終わってないでしょ?」

 希先輩はニヤリと微笑む。

「次はうちの圭吾のために、頑張ってくれないと」

「あ、モデルですね。もちろんです」

 彼女は何でもないことのように、真っ直ぐに俺を見上げた。

「いつにする? 明日とかでもいいよ」

「できるだけ、早い方がありがたいんだけど……」

「そうだよね、急ぐもんね。しめきりもあるし」

 普通そうに見える彼女のどこに、ハクの影があるんだろう。

今は姿を消してるのか、ここにいないのか。

どうしてそんなに、彼女は……。

「じゃ、明日から?」

「今ちょっと、夕焼けと一緒に撮ってもいい?」

 一斉に冷やかしが入る。

舞香は恥ずかしそうにしているけど、本当はそんなことも、どうだっていいんだろ? 

三脚を担ぐと、俺は今年になって初めて彼女を見かけた池のほとりに、運んできたそれを立てた。

山頂を削って建てられた学校だ。

真っ赤に沈む夕陽の下に、市街地が広がる。

俺が好きなのは、こんな風景なんかじゃない。

「なんでこの場所?」

「俺がここが好きだから」

 場所を指定して、彼女を立たせる。

ふわりと風が吹いて、肩までの黒髪が揺れた。

それを押さえようとする姿に、シャッターを切る。

「大人しくていい子なんだと思ってた」

「誰が?」

 それには答えない。

レンズ越しに見る彼女が、夕焼けに広がる街並みに浮かび上がる。

「そうじゃなかった?」

「いや。そうだと思う」

「でしょ? 私は、圭吾も優しくていい人だと思ってるよ」

「だって、そういう風になるように努力してるもん」

 彼女は微笑んだ。

「うん。私も」

 髪を押さえながら、彼女はうつむく。

立ち位置が気に入らなかったのか、足元の芝生を軽く踏みならした。

横を向いたかと思うと、夕焼けに目を細める。

「コンクールの頃には、この関係も終わるよね。あ、それよりも前の、校内選抜のしめきり前か。それまでには撮影、終わらせてないといけないもんね。いつ?」

「来週の水曜かな」

「じゃ、それまでよろしく」

「うん。それまでだね」

 何かが俺の、すぐ脇を通り抜けていったような気がした。

目の前の彼女は、何もない空中に手を差し出す。

それににっこりと微笑むと、頬ずりをするような仕草を見せた。

「どうしたの?」

「え? どうしたのって?」

 彼女は片腕を上げている。

俺の想像が正しければ、そこにハクが巻き付いているはずだ。

「ハクがいるの?」

「見えてないの?」

 俺はそれには答えられない。

返事が出来ない。

彼女の腕が真っ直ぐに下に下りた。

今度はハクは、肩に移ったはずだ。

「ふーん。見えてないんだ。ちょうどよかったね。じゃあ私も、そういうことにしておくよ」