「大丈夫よ、私もついてるからー」

 希先輩の手が、俺の肩にのった。

全身がビクリとなったのを、ハクはフンと鼻で笑う。

いや、だから……困るって……。

 舞台下で撮影をしなければならない俺たちの席は、最前列の一番隅っこに用意されていた。

俺の補助として希先輩がつき、山本の方にはみゆきがいる。

ハクは冷ややかな目で俺と希先輩を順番に見上げたあと、俺の席だったはずのところに、ちょこんと腰をかけた。

仕方なく希先輩がその隣に座る。

「なんで来たんだよ」

 周囲に聞かれないよう、ハクにそうささやく。

ハクはこちらをチラリと見ただけで、返事はしない。

「この子、私に対しても無愛想なのよねー」

「最初めちゃくちゃ懐いてたじゃないですか。俺は未だに全然なのに」

「最初だけだったの!」

 何があったんだろう。

プリプリ怒ってる希先輩と、すました顔で前を向くハクを見比べる。

「ハク、世話になる人の言うことくらい、聞けよ」

 そう言ったら、ガツンと一発、足を蹴られた。

くっそ。

子どもの格好してるからって、ナメやがって。

「屋内では、帽子は取ろう」

 腹いせに帽子を持ち上げたら、あごひもがびよーんと伸びた。

それは素直に自分で外して、膝に乗せる。

舞台が始まった。

 何度も見たことのある、同じ動き同じセリフが、何一つ変わらないまま台本通りに進んでゆく。

ハクは練習していたのを、見てはいなかったのかな? 

他の生徒たちに見つかるのを恐れて、それも出来なかった? 

一人隅っこに座る、小さな女の子をそっと眺めた。

ハクを人間の女の子の年齢に例えたら、このくらいの年頃になるんだろうかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになる。

希先輩はウトウトと寝てしまっていた。

何てことのない現代劇だ。

舞台は高校で、ちょっとしたミステリーを織り混ぜた青春モノ。

 ハクは人形のように、真っ直ぐ前を向いたまま、まばたきもしないでじっと見上げている。

天上に住む龍が、こんな人間のベタな物語に共感なんて出来るのかな。

俺にはそっちの方が不思議だ。

幕間にトイレは大丈夫かと、座り続ける彼女に聞いたけど、「うん」とうなずいただけでやっぱり置物のように動かない。