「あ、ちょっと待って。パソコンの角度変えるね」

 画面に腕が伸びる。

二の腕の裏側と半袖の袖口からのぞく脇に、俺は天上を仰いだ。

部屋にいるのは自分一人だけだけど、彼女との会話を誰にも聞かれたくなくて、イヤホンをつける。

「ハク。ゴメン、ちょっと待って。邪魔だから見えない」

 画面の彼女は一人でしゃべり出す。

なんだ、ハクもいるのか。

当たり前か。

俺にはその姿は見えていないけど。

「ううん、そうじゃないよ。部活のこと。あ、うん。それは……」

 彼女の横顔がわずかにうつむいた。

「それは、後で話せたら話してみるね」

 画面が切り替わる。

全画面表示で体育館の舞台動画が流れた。

俺はそれを縮小させたけど、彼女はもう自分の画面を閉じてしまっていた。

彼女の映っていた画面スペースには、黒地に『参加中』という無機質な文字だけが浮かぶ。

「ね、手ぶれ機能って、どこまできくの?」

 真っ黒な『参加中』の文字から、彼女の声が聞こえる。

「そこそこ。よっぽど転んだりしない限りは、結構平気」

「そっか。そうだよね。あ、ココ、圭吾に直されたとこだ」

 彼女が俺の名を呼ぶ。

わずかに画面が揺れる。

だけど、それと知っていなければ気にならないくらいのレベルだ。

「あぁ、確かに。画面が中途半端に傾いてる。そういうの、気をつけてないとダメだね」

 自分の画面も閉じてしまえば、舞台映像だけにしてしまえば、そんなことはもう気にならないかもしれないのに、それでも彼女には、もしかしたら自分のこの画像が届いているのかもしれないと思うと、彼女はいま、俺を見ているのかもしれないと思うと、それを自分からは閉じられない。

ほおづえすらつけずに、画面を眺めている。

彼女はとっくに、俺の映る画面を閉じてるのかもしれないけど……。