「ね、舞台の全体を写すのって、こんな感じでいいのかな」

 彼女の操作するカメラに近寄る。

その画面をのぞき込んだ。

「こっちのカメラは、全景を撮る固定用だよね。だったらこれでいいと思う。ズームで撮る方のやつは?」

 彼女の細い指先が、撮影機器に触れる。

その触れた同じ部分のパネルを触れることにすら、戸惑いを覚える。

傾いてもいない三脚を立て直した。

さっき荒木さんにもイヤミ言われたばっかりだし、ちゃんとしないと。

合図があり演技が始まると、彼女はカメラを構え舞台を撮る。

通し稽古は明日もある予定だから、監督である荒木さんのストップが度々入った。

俺たちはその間に保存した動画を見せ合い、山本の動画と彼女の動画を比較する。

俺は山本なんかとは違って、真面目に仕事しに来てんだから。

「内村さんのはさ……」

 ふと俺は顔を上げた。

「お前、『内村さん』ってなんだよ。え? ずっと今まで、そんな呼び方してたか?」

 俺と話す時は、「舞香ちゃん」だったはずだ。

彼女も顔を上げる。

「なんで『内村さん』なんだよ」

「は? なんでって、お前……。なんだよ、もう……。俺は、そういうのちゃんと分けるタイプなの」

 なぜか山本の顔が赤くなる。

「山本くんはいつも、演劇部では『内村さん』って呼んでるよ」

 え? そうだったの? 

じゃあ俺もそうやって呼んでた方がよかった?

「それがお前のやり方か」

「なにがだよ!」

 他の女の子のこと、追っかけてたくせに……。

「じゃあこれからは、お互いに名前で呼び合えばいいってことだろ? 山本は『智明』な」

「それはダメ」

「なんで」

 俺は真顔になった山本を見た。

「俺は名前呼びは、彼女しか許さない主義なの。じゃ、内村さん、続きね」

 なんだよコイツ! 

山本は彼女とカメラを挟んで、普通に話している。

俺は真っ赤な顔をしていた。

なんでこんなことで、俺が照れなきゃならないんだ。

山本が笑って、彼女も微笑んで、俺は時々相づちを打って、思ったことを言う。

いつの間にか舞台では演技が始まっていた。