「じゃあね」

 微笑んだ彼女が背を向けた。

このまま行かせてしまったら、きっともう会うこともない。

同じ学校、同じ校舎にいながら、すれ違っても話しかけることすらしなくなるんだ。

拳を握りしめる。

「……。モデルを、頼みたいんだ」

 俺はなにを言っているんだ! 

もう関わりたくないって、面倒くさいって、散々思ってたじゃないか!
 
これでもう希先輩や写真部の連中に、からかわれることもなくなるっていうのに! 

彼女は振り返った。

「も、もちろん、嫌なら断ってもらっても……全然、いいし。ほら、もう荒木さんにもやってもらってるから、演劇部としての義務は果たしてるワケだし……」

 そうだ、そうだった。

彼女がもう、俺に付き合う義理はない。

「……。無理にってことでも……、ないし……」

 なにやってんだ。

本気で挙動不審だ。

自分でも自分が気持ち悪すぎて、吐きそうだ。

「さ、さっき……、このベンチで撮った写真がよくて……。その、よかったら……」

 ヤバい。帰ろう。

どのみち俺には、縁のない出来事だった。

こんなこと、不思議な生き物も恋も冒険も、所詮俺には無関係なんだ。

似合わないしあり得ない。

もうちょっとで勘違いするところだった。

早く正気に戻ろう。

頭を冷やさないといけないのは、こっちの方だ。

「あ、ゴメン。やっぱ……」

「いいよ。だけど、私もお願いがあるの」

「お、お願い?」

「やっぱり、どうしても人手が足りないから、撮影を手伝ってほしいの。出来れば編集まで……」

 あぁ、やっぱり彼女にとっては、大事なのはそこなんだな。

「だ、だから、大会が終わってからだったら……いいよ。写真部のコンクールには、間に合うと思うから。……。ダメ?」

「分かった」

 胸の動悸が激しい。

言いたいこととか、言っておいた方がいいんだろうなーって思うこととかは、沢山あるけど、それが具体的な言葉になって出てこない。

それはどうやら、彼女も同じみたいだ。

「じゃあ、また今度……、ね」

「うん」

 心臓が止まりそう。

彼女の姿が見えなくなって、ようやく息を吐き出す。

全身からどっと汗が噴き出した。

「あぁ、とんでもねぇな……。俺……」

 今さら顔が赤くなる。

恥ずかしくて死にそうだ。

よくやるよ。

なんてことを口走ったんだ、自分。

よくオッケーしてくれたよな。

そうじゃなかったら、今度こそ本当に学校にこれなかったかも。

「……。命拾いした……」

 そうだ。

俺は彼女に対して、大変迷惑で申し訳ないことを言い出したんだ。

こんなこと、誰かに押しつけていいような感情じゃない。

彼女には迷惑をかけないよう、心して撮影に臨もう。

一人で帰る坂道に、固く誓った。