「で、どこで撮影すんの」

 どうせなら誰もいないところで、一度ゆっくり話しがしたい。

「じゃあ、教室で」

 人気の消えた放課後の廊下を進む。

周囲から生徒たちの声だけは聞こえてくるのに、校舎の中はひんやりとして誰もいない。

冷房をつけっぱなしにしたままの、教室の窓を開いた。

「そんなことして、怒られない?」

 そう言って荒木さんは笑ったけど、俺はその姿にレンズを向けた。

「そのまま、窓の外を見ていてください」

 彼は整った顔でクスリと笑うと、窓枠に肘をついて俺に背を向けた。

「撮すのは背中でいいの?」

「こっちで勝手に動くので。必要なら指示を出します」

 いまの正直な気持ちを言うと、こんな撮影をさせてくれることがありがたい。

モデルを独占できるなんてことは、滅多にないことだ。

俺は机を避けながら、何度もシャッターを切る。

彼は窓枠に背をあずけたまま、ふいに教室の中を振り返った。

「退屈しのぎに、ひとつ面白い話しをしてやろう。俺がこんなことを話すのも、お前が目にするのも、この生涯でいま一度だけだと、肝に銘じておけ」

「え……」

 カメラ越しに見る荒木さんの輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。

構えていたレンズを下ろす。

白いカーテンが、大きく風に巻き上げられた。

それが元に戻ったとき、窓際にたたずむ彼の姿は、白銀の鱗を輝かす美しい龍の姿に変化していた。

「まさか自ら、この姿を人に晒すことになるとは、思わなかったな」

 3メートルはあるだろう巨大な体が、机の下に沈む。

そこから立ち上がった時には、もう元の人間の姿に戻っていた。

「アレは本当に俺の妹だ。罪を負い地上に降ろされた俺を探して、こんなところまで来てしまった。顔を合わさず正体も知られないまま、天上に戻したい。助けてはくれないか」

 教室の中に妙なキラキラが光っているのは、きっと気のせいなんかじゃない。

「は? な、なんだよそれ……。か、勝手なこというなよ。大体、そ、そんなこと言ったって、もうハクとは接触してるんじゃ……」

「あぁ、そうだ。そのおかげで、俺は自分の記憶まで取り戻してしまった。死んではまた生まれ変わるという輪廻の苦しみに、己を消し去っていたのに」

 荒木さんは、穏やかな笑みを浮かべた。

俺はその不思議な魔力を持つ姿に、息をのむ。

「これ以上罪を重ねたくない。アレが宝玉を地上に落としたせいで、俺は引き寄せられたんだ、この場所に。近頃はこの付近ばかりで、繰り返し生まれ変わっている」

 彼は椅子を引くと、そこに腰を下ろした。

ほおづえをつき静かに目を閉じる。