「圭吾はそのままでいいよ。今のままで」

「あー……。うん。ありがとう」

 それなら俺の望むところだ。

問題はない。

彼女は立ち上がった。

「じゃ、鍵締めて帰ろっか」

 ちゃんと話しをしてみれば案外簡単なもので、俺はあっさり解放されてしまった。

舞香も何でもないことのように、当たり前に接している。

なんだ。

ま、そんなもんか。

だよな。

舞香とよく話すようになってから、日は少しずつ延びていた。

それなのに今日は、まだ明るい山道を一言もしゃべることなく下り始める。

彼女の髪は相変わらず肩先で揺れていて、このままコンビニ前で別れたら、俺はもう彼女との関わりをなくしてしまうのだろうか。

「舞香はさ、嫌じゃないの?」

「何が?」

 チビ龍との関わり? 

それとも、俺とのこと?

「なんか色々、面倒に巻き込まれること」

 急な下り坂を歩きながらしゃべるのは、通い慣れた通学路といえども話しにくい。

「別に。嫌なことは嫌だってちゃんと断るし。手伝ってもいいなーとか、やってもいいなーって思ったことだけを、ちゃんと選んでやってるよ」

「嫌になったりしないの?」

「それは、思ってたことと違うってこともあるけど、頑張れる間は頑張るかなって思ってる」

 そう言った彼女の横顔は、真っ直ぐに前を向いていて、これ以上俺に出来ることはないんだと悟った。

「そっか、じゃあ頑張ってね」

「うん。またね」

 手を振って別れる。

彼女は点滅を始めた麓の横断歩道を、駆け足で通り過ぎてゆく。

俺はその場に立ち止まったまま、いつも遅れてやって来る遅いバスを待ち、太陽の沈んでゆくのを眺めていた。

面倒だと思っていた肩の荷は下りたはずなのに、全く軽くならない。

夜になって、彼女から入ったメッセージにも、何一つ浮かばれない。

【練習で撮った動画、つなげてもあんまり長くならなかったんだけど】

【それ自体を外部に上げるわけじゃないし、練習としては十分じゃない?】

 添付された動画は見た。

その内容にだなんて、興味はない。

【長く撮ったと思ってても、案外短いもんだね】

【実際の撮影は舞台の本番なわけだから、もっと簡単だし時間とか気にしなくていいし。編集も特にないでしょ?】

【舞台全体と、近影くらい】

【もう出来るんじゃない?】

【そうだね、ありがとう。また分からなくなったら聞くね】

【うん。じゃあ頑張って】

 俺はすっかり身軽になって、正常な普段の日常を取り戻した。