「元気でね。もう二度と会えないかもしれないけど、私はずっと忘れない。空の上から見守ってて。私はちゃんと、元気にしてるって」

 舞香の腕の中で、小さな女の子は息を飲む。

覚悟を決めたように、それを吐き出した。

「……分かった。私も舞香のことは忘れない」

 光りの中で、ハクの体は女の子から龍へと変化する。

その力には、何人たりとも逆らえない。

「たとえ遠く離れても、永久にこの身を分かつとも、そなたのことは決して忘れぬ。また会おう、いつの日か。そなたと交わした約束を、我が違えることはない」

 ハクの体は、ゆっくりと光りの中で宙に浮き上がった。

「……私にとって……大切なヒトが、天上からいなくなったんだ。いわれのない罪を着せられ、それと分かっているのに、誰もそれを止めなかった。そのヒトは自ら地へ落ちた」

 ハクは俺の手にある宝玉を見下ろす。

「だが私は、信じている。また会える日を。たとえこの身が、ままならぬものと成り果てても……。舞香! そなたの記憶と共に、残しておく!」

 ハクの体が、ゆっくりと天に昇ってゆく。

それはきっと、舞香へ向けて発せられた言葉だったんだろうけど、俺にはまた別のヒトに向けられた思いにも聞こえた。

「これもだ、ハク……」

 荒木さんの掲げた手から、光りの中で宝玉が浮かび上がる。

龍となったハクは、荒木さんをじっと見つめている。

「迎えに……来たんだ」

「お前が持って帰れ」

 それはハクを連れ、天上へ消えゆく光りの柱を追うように浮き上がった。

しかしそのスピードに追いつくことなく、ポトリと落ちる。

荒木さんの手に転がりこんだ。

「ハクー!」

 舞香は叫ぶ。

光りの柱は加速してゆく。

そこにハクを取り込んだまま、宝玉を地上に残し、あっという間に上空へ吸い込まれてゆく。

「ハク……」

 強い光の消え去ったあとの森は、すぐにそれまでの静けさを取り戻した。

目が慣れてきたころには、少しは周囲が見えるようになってくる。

俺はハクのかぶっていた帽子を拾うと、泣くじゃくる彼女に手渡した。

舞香はそれをぐしゃりと胸に抱きかかえる。

「帰ろう。ハクも帰ったよ。俺たちも帰ろう」

「うん」

「待て」

 荒木さんは俺を呼び止めた。

「これはどうする」

 その手には、すっかり輝きを失った宝玉が握られていた。

「どうするって……」

「お前に預ける」

「え?」

 ポンと放り投げられたそれは、空中で一瞬光ったかと思うと、ふわふわと宙に浮かんだまま、こっちに漂ってくる。

「え? えぇっ!」

 この世界の全てを透かしたような透明な玉は、俺の胸にスッと吸い込まれた。

荒木さんはニヤリと笑う。

「所詮短い命だ。一瞬の間、お前に預けるよ」

 フェンスの向こうで、ざわざわとしたどよめきが聞こえる。

突然現れた光りの柱に、生徒たちがざわついていた。

「さぁ、帰ろう。俺たちの日常が待ってる」

 歩き出した荒木さんの後ろを、舞香は歩き始めた。

俺もその後ろをついてゆく。

彼女の胸には、ハクの残した濃紺の帽子が握られたままだ。

俺は古代から姿を変えない、太古の森を振り返った。

そこには空っぽになった祠が残されている。