「何をした!」

「何もしてない。お前こそ、何をしようとした」

 額に手を当てる。乗っ取られた? 

いや、俺は乗っ取られてない。

乗っ取られてない乗っ取られてない……。

だから多分、大丈夫! 

舞香はゆらりと起き上がった。

「なるほど、確かにお前には、何かがあったようだ」

 彼女が真っ直ぐに立ち上がったその瞬間、ガクリと体は崩れ落ちた。

咄嗟にその腕を支えたのは、荒木さんだった。

「大丈夫か」

 舞香を支え、その場にまた座り込む。

「あ、荒木さん。離れてください! 危険です」

 舞香は意識を失っているようだった。

荒木さんの腕の中でぐったりとしている彼女の額に、乱れた髪がかかっている。

「あ、荒木さん! いま、舞香の中身はハクですよ! 何されるか分からないから、離れてく……」

 彼の手は、その舞香の前髪を丁寧に整えた。

「だから、危ないって……」

「危険なんてない。お前には分からないのか」

 荒木さんは自分の腕に彼女を抱いたまま、じっと彼女を見つめている。

その視線はまるで、何よりも愛しい者を見つめる視線のようで、めっちゃ近寄りにくい。

めっちゃ近寄りにくい雰囲気ですけど!

「い、妹さんですからね。荒木さんにとっては!」

「妹ではない。後輩だ」

「そりゃそうですよ、舞香はね!」

 仕方ない。

てゆーか、ハクにしたって、このヒトを傷つけるようなことは、しないだろう。

くそっ、ちょっと怖いけど、しょうがない。

ドカドカと近寄る。

俺もすぐ隣にしゃがみこんだ。

「妹……なのか?」

「らしいっすよ」

「なぜ?」

「なぜって……」

 荒木さんは、腕に眠る舞香を見つめている。

それを知っているのは、本当は荒木さん自身なんだけど……。

「舞香はお前に任せる」

「え?」

「頼んだぞ」

 彼の腕にあった彼女の体が、俺の胸に預けられた。

突然のその重みと体温に、びっくりする。

「え! ……。えぇ?」

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って……。

うろたえる俺を無視して、荒木さんは立ち上がった。

「ど、どこへ……」

「分からん」

「あの、俺を一人にしないでください……」

 そう言うと、彼はじっと見下ろした。

フッと優しくない顔で笑う。

「お前は大丈夫だ。好きにしろ」

 えぇ……、やっぱヒドい……。

荒木さんは校舎の中へ消えてゆく。

あのヒト、本当に余計なことに関心ないな。

つーか、どうすんだよコレ……。

俺に託されてしまった舞香は、まだ眠っていた。

彼女の背と腕とが、俺の胸と手に接している。

これ以上どこをどう触っていいのかも分からない。

てか、これはハク?