気付いたら声が出ていた。自分でも驚いたその言葉を回収したくなったが、情けない事にそれが皮切りとなって素直な気持ちがさらに零れてしまったのだ。

「もう少しあそこで学びたい。次の目標が決まるまで、アズロと一緒にいる為の知識をちゃんと身に着けるまで。」

口にすればそれが叶うと分かっていた。それは予想通り、アズロは優しい笑みを浮かべて頷いているから。

「そうしよう。俺もそれがいいと思う。」
「ごめん、アズロ。」
「何がそこまでセドニーを気にさせるのか分からない。俺たちは俺たちで、確実に歩んでいけばいいだけだ。」

既に対になる魔獣として得られるものを身に着けてきたアズロと、なんの自覚もなく目の前の事だけに取り組んできたセドニー。二人の価値観は違って当然だった。今はただそれが申し訳なくて涙が出てくる。

繋いだままの手が温かい。いつの間にか抜けていた手の力をほんの少し入れて握ってみれば、アズロもそれに応えて同じ様に握り返した。

「憂いは晴れたか?大丈夫だ、セドニーには俺がいる。」

そうやって自信満々な笑顔で覗きこまれたら信じるしかない。照れながらも小さく頷いたセドニーに満足したのか、アズロはその瞼にキスを落とした。結果またセドニーは顔をリンゴの様に真っ赤に染めるのだ。

恥ずかしいと表情で見せるセドニーにアズロは悪戯が成功したと言わんばかりに笑った。悔しくて真っ赤になりながらも睨むがその怒りは長続きしそうにない。やはり自分の選択を受け入れてもらえたことが嬉しくて、心が温かいままなのだ。

「ありがとう、アズロ。大好き。」

感謝の気持ちをそのまま言葉に乗せれば今度はアズロが顔を真っ赤に染める番だった。今朝の事で分かったが、どうやらアズロは言葉で言われる方がよっぽど恥ずかしいらしい。あれだけ態度では示すのに言葉では照れるなんてどれだけ可愛らしいのだろう。

「あはは、真っ赤だ!」
「…お互い様だ。」

それでも繋いだまま離さない二人の両手はまだしばらくそのままでい続けた。

ようやく気持ちが落ち着けば二人で買ってきた食事を並べて空腹を満たした。食事の席でこれからの具体案を相談していく。とりあえず一番最初にすることは住処を作ることだと二人の意見は一致していた。

「黒鹿が…タイガがたまに恐ろしい目で威圧してくる。」
「…そうだね。私もたまにそれは感じるよ。」

二人の住処の居候としてはこれは最重要事項としてすぐに動くことにした。事前にラリマから方法は教わっていたのでセドニーだけでもすぐに始められる。

「アズロの希望は大きな木の寝床だったよね。」
「ああ、外はそれがいい。」
「外は?」
「中はセドニーの好きにしたらいい。二人で過ごすのに十分な広さがあれば満足だ。」
「え?」

当然の様に告げるアズロの言葉の意味を深く理解したセドニーの顔が赤く染まる。

「い、一緒なの!?」
「パートナーとは常に一緒にいるものだろう?」
「あの…アズロ。それは…もう少しだけ…待ってくれる?」

いつか一緒の部屋になると思うから、そう続けた声は消えそうなくらいに小さかったがアズロの耳には届いたようだ。泳がせていた目を上目遣いでアズロに向ければ嬉しそうに笑ってくれている。

「無理な相談だ。」
「そんな!」

セドニーの思いを汲んでくれると期待した矢先の跳ね返しに悲鳴のような声を上げてしまった。だって同じ部屋という事はつまり、全てを見られてしまうという事だ。

「前にも言ったように書斎を別に作ればいい。寝床は共に。」
「き、着替えとか…。」
「俺は気にしない。」
「私が気にするの!!」
「セドニー、これだけは譲りたくない。」

そう言うなりアズロは姿を本来の黒ヒョウに戻してセドニーを真っすぐに射抜いた。アズロは知っているのだ。意外にもこの姿が一番セドニーが構えないという事に。

「見習いは終わった。俺たちは自分たちだけの空間に移り住むんだ。もう誰にも気兼ねすることなく俺はセドニーを求めることが出来る。」
「わ…私の、意思とか…。」
「本当に嫌がるなら勿論やめる。でもセドニーは嫌がってはいないだろう?」

するりと身体を摺り寄せられるとセドニーの身体が小さく跳ねた。アズロの顔が近付き、鼻でセドニーの耳飾りをつつく。アズロの息がセドニーの耳にかかり、くすぐったくて声が小さく漏れた。