くれぐれも気おくれすることのないように、重ねて告げるラリマに思わず笑ってしまった。ラリマはこれまでのセドニーを見ているから分かっているのだ、どんなに親しくても遠慮をしてしまうセドニーの奥ゆかしい性格を。しかしセドニーの心は少しずつ変わってきている。

セドニー自身もおそらく迷わずに師匠を頼るだろうと自分の中でも確信があった。だから笑顔で答えることが出来たのだ。

「これからも頼りにしています。師匠!」

それから少し会話をしてセドニーはラリマの部屋を後にした。この先の事を考える、近いうちにその日が来ると心構えはしていたものの、やはり急に足元が不安定になって様で落ち着かない。でもラリマの教えに従ってアズロと話をしようと心に決めていた。

「アズロ!」
「セドニー、終わったのか?」

屋根の上にいるだろうアズロに声をかければすぐにアズロが姿を現してくれた。なんてことない景色だったのにアズロの顔を見ただけでセドニーからは安堵のため息が漏れる。

「うん。ありがとう!合格したよ!!」
「そうか!!」

珍しく大きな声を出したアズロが満面の笑みで駆け下りてきた。その金色の目を輝かせながらちょうどセドニーと視線の高さが釣り合う場所で足を止める。

「おめでとう、セドニー!」
「ありがとう、アズロのおかげだよ!」
「俺は何もしていない。セドニーの今までの努力が実を結んだ結果だ。」
「応援してくれたでしょ?それに最後は私を連れて行ってくれた。大感謝だよ。」

お互いにお互いを労い合って終わりのない掛け合いだ。その事に気が付き二人は顔を合わせて笑ってしまった。どうやらラリマはセドニーの為にかなり時間を取ってくれていたらしい、話し込んでいたセドニーは気が付かなかったが店はとっくに開店して昼に入っている時間だった。

「長い間待たせちゃってごめんね。お腹空いたよね。」
「気にしなくていい。この後はどうするんだ?」
「うん。今日はもう帰っていいって。」
「帰るのか?」
「少し買い物してから帰ろうかな。アズロ、人の姿になれる?」
「俺は構わないが…いいのか?」
「うん。一緒に歩いて帰ろう。」

本音を言うと身体は疲れていたが心が落ち着かなくて歩きたかったのだ。どうせなら街中を、何も考えずに賑やかさに身を任せたい。そうだ、これもお祝いなのだから何か特別なものでも用意しようとセドニーは気持ちを前に向かせた。

「お祝いしてもいい?」
「勿論。盛大に祝おう。」
「やった!じゃあ行こう!」

こんな昼間にのんびり買い物をするなんて久しぶりだ。仕事終わりの時間帯の賑わいも好きだが、昼はまた違った賑わいがあっていい。案の定人の姿になったアズロの美しさに行き交う人は目を奪われてしまうようだが、今日ばかりはそれもあまり気にならなかった。

「やっぱりアズロは目立っちゃうね。」
「猫に変わるか?」
「ううん。自慢しながら一緒に歩くよ。」
「自慢?まあ、セドニーがそういうならこのままでいる。」

アズロは自分の見た目の良さに自覚がないようだ。特に興味がないと言った方が正しいのかもしれない、でも周りの視線には気が付いているようで敵意がないものが流していると教えてくれた。

敵意、その言葉にセドニーはふと昨日の出来事を思い出して急に怖くなった。今はアズロが隣にいる、そう分かっていても警戒をしてしまう。また近くから狙われていたりするのだろうか、そんな疑問が浮かんで思わずアズロに問いかけた。

「…アズロ、この人混みの中にも魔獣っているの?」
「今見えている範囲にはいないな。でも人間ではない種族はいる。セドニーの師もその内の一人だろう?」
「…あ、そうだね。」
「こうやって人が多い場所には紛れていたりするものだ。世界には人間や魔獣以外にも多くの種族が存在する。」

何てことないとアズロは言うが、セドニーはどうしても不安を拭いきれなくて俯く。セドニーの様子に気が付いているアズロは何も言わずにセドニーの手を取って繋いだ。

「大丈夫だ、俺が傍にいる限り二度とあんな事は起きないと約束する。それに今は揃いの耳飾りを付けているだろう?」

アズロが自分の耳飾りを弾けばセドニーの心も跳ねる。

「これが媒体となって離れていてもお互いに感じあうことが出来る。セドニーに何かあれば俺が必ず察知してすぐ駆け付けるから、不安に思うことは無い。」
「…アズロに何かあった時は私も気付けるの?」
「ああ。そんな事にはならないと思うけどな。」

アズロが自慢げに口角を上げれば、そうだ彼は強いのだという言葉を思い出した。なんと頼もしいものを貰えたんだろう、セドニーは嬉しくなって自分の耳飾りを優しく握った。これがあるなら大丈夫、そんな自信が生まれてセドニーを満たしてくれる。

「ありがとう、アズロ。大切にするね!」
「ああ。」

繋いだ手にお互いに少しだけ力をこめればより心が満たされてくすぐったくなる。昨日とは正反対の気持ちで二人は同じ道をなぞる様に歩き続けた。