「まだ…どうしても恥ずかしい所が多くて。私にだって秘密にしたい事とかあるんだよ?」
「じゃあセドニーの書斎を別に作ればいい。」

そう言ってアズロはセドニーの頭にキスをひとつ落とした。

「夫婦とは共に寄り添って眠るものだ。それは魔獣でも人間でもそうだろう?」
「…それを言われちゃうと…。」

あと少しで説得は成功する、そんな手ごたえを得たアズロは満足そうに微笑んだ。

「気持ちはどうだ?このまま試験に臨めそうか?」
「うん。大丈夫。」
「では行こう。」

いつものようにセドニーが微笑むと、その言葉を待っていたように日の出の光が町に差し込んできた。ああ、今日が始まる。これからへの期待に胸を膨らませてセドニーは深呼吸をした。

並んで歩いて家に戻った二人はそのままかつてのセドニーの日課だった家の手伝いを始めた。井戸で水を汲んで、鶏の卵を取って、既に働いている二人に驚きながらも家族もそれに加わった。

黒ヒョウの気配を感じるのか家畜にアズロが近付けば警戒して逃げて行ってしまうのでアズロは違う力仕事を任されたようだ。いつになく父親からの当たりが厳しそうだが、それでもアズロは指示に従ってこなしていた。

少し早めの朝食を取った後、セドニーとアズロは魔法屋へと帰っていったのだ。

魔法屋に着いたのはまだ開店する前だった。

セドニーを背に乗せたアズロが軽やかに裏庭の薬草園へ降り立つ。たった1日離れていただけなのに懐かしく感じるなんておかしな感覚だとセドニーは笑ってしまう。

「ありがとう、アズロ。」
「ああ。」

アズロの背から降りるとセドニーはカバンの中からウサギのぬいぐるみを取り出した。これを渡せばラリマからの卒業試験は合格できる。

その期待で急に心臓が強く打ち始めた。

「おかえりなさい、セドニー。」

緊張で呼吸が震え始めていた彼女を迎えたのはラリマの声だ。まさかここにいるとは思わなかった人物の登場にセドニーの肩が跳ねた。

「師匠!?」
「思ったより早かったのね。調子はどうかしら?」
「はい、師匠。見つけてきました。」

目を輝かせて声を弾ませるセドニーにラリマは優しく微笑む。ちらりと向けた視線の先にはセドニーが差し出したウサギのぬいぐるみがラリマを見ていた。セドニーと揃いの服のぬいぐるみ、ラリマが用意したものに違いないだろう。

「私の部屋にいらっしゃい。」
「はい。」

場所を移そうとラリマはそう告げて先に歩き始める。その言葉に一気に緊張を高めたセドニーが力を込めて頷いた。しかし一歩踏み出した時にアズロの存在を思い出して二歩目が踏み出せない。

「アズロ…。」
「行ってこい。」
「うん。」

アズロの強い頷きに促されてセドニーはラリマの背中を追いかけて走っていった。出勤してきた何人かの気配を感じ始めてアズロは姿をいつものように黒猫へと変え、定位置と言わんばかりに屋根の上まで登る。

ラリマの部屋の方を見つめながら無事に終わるようにと静かに祈った。

「さあ、入って。」
「失礼します。」

一方、師匠であるラリマの部屋に通されたセドニーは相変わらず緊張感を保っていた。それは本人が望んだものではなく心臓が口から飛び出そうなくらい合否が気になっているのだ。絶対という確証がない以上それは仕方がない事、手汗でぬいぐるみが濡れてしまわないか気にする余裕もなかった。

「さ、見せてくれるかしら?」
「はい。これです。」

差し出した両手が震えていたためウサギのぬいぐるみも微かに揺れている。セドニーは縋るような目でラリマを見上げるが、彼女は差し出されたウサギをじっくりと見つめていた。ふうん、と頷けばラリマはそれを手にして満足げにほほ笑む。

「これは確かに私が用意したものね。」
「…じゃあ…。」
「よく見つけたわね。おめでとう、セドニー。合格よ。」

ウサギのぬいぐるみを掴んで、まるでウサギが話してるかのように腕をつまんで動かして見せる。期待していた言葉をすぐにもらえてセドニーは震えた。

全身から力が抜けた思わずその場に座り込んでしまう。

「あああ…良かった…。」