「…あの、それで…何があったんだ?」
「え?」
「泣いていた。」

それでも未だにアズロの膝の上で抱えられたままのセドニーは首を傾げる。泣いていた、その言葉の意味を理解したのはすぐ後だった。セドニーの泣いていた理由をアズロは知る由もなかったのだから。

「…アズロがね、使命感だけで私の傍にいるのかなって思ったら悲しくなっちゃって。」
「使命感だけ?」
「対の魔女だから…私を大切にしてくれているのを知っていたし、勿論納得もしていたの。でも…私が欲張っちゃって。」

セドニーの言葉の真意がまだ分かり切れていないアズロは続きの言葉を待った。きっとそれは大事な事なのだと本能で分かっていたのだ。

「魔女だから私を大切にしてくれるんじゃなくて…私だからアズロに選ばれたいって思ったの。」
「セドニーだから?」
「魔女とかそういう理由なく…アズロに愛されたいって思っちゃったの。私が…アズロを愛してしまったから。」

恥ずかしい気持ちを押して、しっかりとアズロの目を見つめてセドニーは告げた。

出会って、一緒に過ごすようになって少しずつ分かってきたアズロの事。芯の強さも優しさも、真面目すぎるところも、セドニーを大切にする割には自分がおざなりになるところも、アズロらしいと思えるようになった時にはセドニーの心を捧げてしまっていた。

「アズロに愛してもらいたいって強く思ったら…切なくて泣いちゃった。」

これは恋心だ。

セドニーの大好きな恋愛小説の主人公の気持ちがよく分かる、まさか自分もこんな気持ちになるとは思わなかった。好きで、ただ好きな気持ちだけで良かったのに求めてしまうとこんなにも脆い。

そして強欲だ。

「…俺を思って、泣いたのか?」
「アズロのせいじゃないよ?」
「でも…。」
「恋ってそんなもんだよ。」

セドニーの言葉をどう受け止めればいいのかアズロは迷っているようだ。彼の目が揺れている、そんな様子を見つめるセドニーは不謹慎にも満たされていた。自分の気持ちを吐き出せたことが良かったのだろうか、口にすることで自分の中のよく分からない感情が言葉になって納得したところもあるかもしれない。

「だから、アズロが私を愛しいと思ってくれたことがすごく嬉しい。ありがとう。」

あの涙の理由は告げた、満たされたから大丈夫、そんな思いを込めてお礼を告げた。アズロを好きでいいと許された事がこんなにも自分を満たすなんて知らなかった。

「セドニー、その…言葉は俺達には難しいかもしれない。俺たち魔獣は態度そのものが意味を持っているから…そこに伴う言葉を使うことはあまりない。」
「…うん。」

セドニーの頷きにアズロは迷いの色を消して強い光をその目に宿す。セドニーの肩を抱いていた手を滑らし彼女の顎にかけると、アズロはゆっくり顔を近づけて唇を重ねた。最初は押し当てて、少し角度を変えて深めに、何度も何度も繰り返してセドニーはたまらず彼の胸元の服を掴んだ。

アズロの両手が力を込めてより自分の方にセドニーを引き寄せる。

「俺は…誰にでもこんな事をする訳じゃない。自分にとって唯一人の、誰にも譲れない人にしか許さない。」
「…アズロ。」
「全てセドニーに捧げる。セドニーの全てを得る為に。」

視界にアズロしかいない、それほどまで近い場所でアズロはセドニーを射抜いた。熱情も含んだその金色の瞳は強い独占欲を訴えている。セドニーの心臓が跳ねて、全身が急速に熱を持った。

「いまここで全て奪える程に俺はセドニーを欲している。」

いまここで、その言葉の全てを理解した瞬間セドニーは顔を真っ赤に染めて身体を強張らせた。

「だ、駄目。」
「…分かっている。」

冗談のつもりではないが、本心はそうなのだという意味を込めてアズロは頷く。赤く染めた顔はバツが悪そうに視線を一度逸らすが、またすぐにセドニーに挑んだ。

「俺の行動を理解してくれたらと思う。言葉も…なるべく使う様にするから。」
「も、勿論!私もアズロたち魔獣の事を知りたいし、同じように出来たらって思ってるよ。」
「では部屋を分ける必要はないな。」
「うー----ん…。」

ここぞとばかりに寝室を分けないように勧めてくるアズロはやはり頭の回転が速いようだった。