「アズロ…?」
リビングの入り口から小さい声で呼びかけても返事はない。いると思ったソファには姿はなく、猫やヒョウの姿になったことで闇に紛れているのかと思ってがそうでもなかった。
少しずつ分かるようになったアズロの気配がこの部屋の中から感じられないのだ。
「…どこに行ったんだろう。」
外にいるのだろうか、ふとそんな気がして玄関の戸に手をかけようとした。それと同時に少し怒気の含んだ父親の声が扉の向こうから聞こえてくる。
「あんたの気持ちはなんとなく分かった。」
外から聞こえてくる言葉は誰かと会話しているようなものだった。おそらく相手はアズロだとセドニーにはすぐに分かる。二人が外にいる、それだけで不安になりセドニーはその場に立ったまま耳を澄ませて扉の向こう側に意識を集中させた。
「使命だとか、忠誠心?みたいなのは感じたし、誠実なのもセドニーに敬意を払っているのも分かった。だがな、それは俺が求めてるのとはちょっと違う。」
苛立ちを交えたような父の声は昼間のものとは少し違っている。もっと真剣に、絶対に相手を逃がさないと決意したものが強い力となって声に宿っているのが伝わってきた。
父親は本気でアズロと向き合っているのだと感じてセドニーは息を飲んだ。
「俺はあんたがセドニーの事を一人の女として好きなのか、それを聞いているんだ。」
「勿論それは…。」
「慈しむってことだぞ。愛するってことだ。何をしても何があってもセドニーが可愛くて仕方ない、愛しい、愛おしいと思っているのかって聞いてるんだ。」
アズロの言葉を遮って父親は声を強くした。それは大事に思うだけとは種類が違う、敬意を払うものとは気持ちの置き場が違うと訴える。
「セドニーが求めるから応じるんじゃない。あんたがそれをセドニーに求めているのかを聞いてるんだ。」
父親の言葉の意味を深く理解しようとしているのだろうか、アズロからの言葉は遮られたまま止まっていた。
父親は気付いていたのだろう。セドニーの中にあった小さな恋の芽吹きを。
自分に敬意を向け、支えようと努力し歩み寄ってくれたアズロに心を寄せ始めていたのだ。守ると言ってくれたこと、自分本位ではなくどこまでもセドニーの意思を大切にしようと努めているところ。大事にしてくれているアズロの優しさをセドニーはずっと嬉しく思っていた。
でもそれは魔獣と魔女の関係だからなのだとも感じていた。アズロの心の奥底にある形が愛情だとは思えなかったからだ。
「セドニーを愛しているのか?」
普段の父親からは結び付かない台詞が使われた。自分に言われたわけでもないのにセドニーが恥ずかしくなって赤くなってしまう。しかしそんな特別な言葉を使う場所にいま自分は身を置いているのだとも自覚した。
アズロは何と答えるのだろう、立ち聞きしている罪悪感もあったがそれ以上に知りたい気持ちがセドニーの身体を縛っていた。心臓の音が強く全身に響く。
どれだけの時間を待っただろう、一秒が数分に感じる。実際にはそれ程長い沈黙では無かったかもしれない、それでもアズロから問いかけに答える言葉は出なかった。
「…もういい。」
しばらくして聞こえてきたのは父親の呆れた声だ。父親が動く気配がしたのでセドニーは慌てて気配を殺しながら自分の部屋に戻った。台所から父親が水を飲みほしてため息を吐く音が聞こえてくる。
「くそ…っ。」
舌打ちに近い言葉を吐き捨てて自分の部屋に戻っていく音に耳を澄まし、父親の気配をやり過ごす。セドニーは緊張からか呼吸を止めていたようだ。大きく吐いた息に胸が苦しくなった。
アズロは答えなかった、その事実がセドニーの心を大きく揺さぶる。
この気持ちをどう自分に落とし込めばいいのだろう。無い心をアズロに求めても仕方がない。自分の欲を通したところで得られるものは多くない。飲み込んで周りの様子を見ながら一番いい落としどころを見つけるべきなんだとセドニーは分かっていた。
でもそれは一体どこなのだろう。
簡単だ、現状のまま満足すればいい。これ以上を求めなかったらいい。
相手の変化に合わせたらいい。
少し期待していたのだ。対の魔女と魔獣、それを超えた感情が芽生えていることに。でも実際はそうではなかったのだろう。アズロには初めからそういう節があったではないか、彼は何も悪くない。
「…うん、そうだよ。」
最初からセドニー自身よりも”対の魔女”である事がアズロにとっての一番だった筈だ。言葉も態度もアズロは正直に、それでいてセドニーにはとても親切にしてくれていた。
「…うん。…そうだよ…?」
頭では分かっている。でも、今夜はとても眠れそうになかった。
リビングの入り口から小さい声で呼びかけても返事はない。いると思ったソファには姿はなく、猫やヒョウの姿になったことで闇に紛れているのかと思ってがそうでもなかった。
少しずつ分かるようになったアズロの気配がこの部屋の中から感じられないのだ。
「…どこに行ったんだろう。」
外にいるのだろうか、ふとそんな気がして玄関の戸に手をかけようとした。それと同時に少し怒気の含んだ父親の声が扉の向こうから聞こえてくる。
「あんたの気持ちはなんとなく分かった。」
外から聞こえてくる言葉は誰かと会話しているようなものだった。おそらく相手はアズロだとセドニーにはすぐに分かる。二人が外にいる、それだけで不安になりセドニーはその場に立ったまま耳を澄ませて扉の向こう側に意識を集中させた。
「使命だとか、忠誠心?みたいなのは感じたし、誠実なのもセドニーに敬意を払っているのも分かった。だがな、それは俺が求めてるのとはちょっと違う。」
苛立ちを交えたような父の声は昼間のものとは少し違っている。もっと真剣に、絶対に相手を逃がさないと決意したものが強い力となって声に宿っているのが伝わってきた。
父親は本気でアズロと向き合っているのだと感じてセドニーは息を飲んだ。
「俺はあんたがセドニーの事を一人の女として好きなのか、それを聞いているんだ。」
「勿論それは…。」
「慈しむってことだぞ。愛するってことだ。何をしても何があってもセドニーが可愛くて仕方ない、愛しい、愛おしいと思っているのかって聞いてるんだ。」
アズロの言葉を遮って父親は声を強くした。それは大事に思うだけとは種類が違う、敬意を払うものとは気持ちの置き場が違うと訴える。
「セドニーが求めるから応じるんじゃない。あんたがそれをセドニーに求めているのかを聞いてるんだ。」
父親の言葉の意味を深く理解しようとしているのだろうか、アズロからの言葉は遮られたまま止まっていた。
父親は気付いていたのだろう。セドニーの中にあった小さな恋の芽吹きを。
自分に敬意を向け、支えようと努力し歩み寄ってくれたアズロに心を寄せ始めていたのだ。守ると言ってくれたこと、自分本位ではなくどこまでもセドニーの意思を大切にしようと努めているところ。大事にしてくれているアズロの優しさをセドニーはずっと嬉しく思っていた。
でもそれは魔獣と魔女の関係だからなのだとも感じていた。アズロの心の奥底にある形が愛情だとは思えなかったからだ。
「セドニーを愛しているのか?」
普段の父親からは結び付かない台詞が使われた。自分に言われたわけでもないのにセドニーが恥ずかしくなって赤くなってしまう。しかしそんな特別な言葉を使う場所にいま自分は身を置いているのだとも自覚した。
アズロは何と答えるのだろう、立ち聞きしている罪悪感もあったがそれ以上に知りたい気持ちがセドニーの身体を縛っていた。心臓の音が強く全身に響く。
どれだけの時間を待っただろう、一秒が数分に感じる。実際にはそれ程長い沈黙では無かったかもしれない、それでもアズロから問いかけに答える言葉は出なかった。
「…もういい。」
しばらくして聞こえてきたのは父親の呆れた声だ。父親が動く気配がしたのでセドニーは慌てて気配を殺しながら自分の部屋に戻った。台所から父親が水を飲みほしてため息を吐く音が聞こえてくる。
「くそ…っ。」
舌打ちに近い言葉を吐き捨てて自分の部屋に戻っていく音に耳を澄まし、父親の気配をやり過ごす。セドニーは緊張からか呼吸を止めていたようだ。大きく吐いた息に胸が苦しくなった。
アズロは答えなかった、その事実がセドニーの心を大きく揺さぶる。
この気持ちをどう自分に落とし込めばいいのだろう。無い心をアズロに求めても仕方がない。自分の欲を通したところで得られるものは多くない。飲み込んで周りの様子を見ながら一番いい落としどころを見つけるべきなんだとセドニーは分かっていた。
でもそれは一体どこなのだろう。
簡単だ、現状のまま満足すればいい。これ以上を求めなかったらいい。
相手の変化に合わせたらいい。
少し期待していたのだ。対の魔女と魔獣、それを超えた感情が芽生えていることに。でも実際はそうではなかったのだろう。アズロには初めからそういう節があったではないか、彼は何も悪くない。
「…うん、そうだよ。」
最初からセドニー自身よりも”対の魔女”である事がアズロにとっての一番だった筈だ。言葉も態度もアズロは正直に、それでいてセドニーにはとても親切にしてくれていた。
「…うん。…そうだよ…?」
頭では分かっている。でも、今夜はとても眠れそうになかった。