この地を離れたのは何年前だったか。

この村に訪れたラリマと出会い、魔女の素質があると言われてセドニーはラリマの所に弟子入りすることになった。自分が席を外していた所でラリマと両親が話していた内容は詳しく聞かされてはいない。両親は反対も賛成もしなかったが、背中だけは押してくれた。

自分のやりたいようにしなさいと。

何となくラリマの元へ行った方がいいと感じたセドニーはその1週間後に迎えに来たラリマと共に故郷を離れたのだ。それ以来この地には戻っていなかった。時折交わす手紙だけが家族との繋がりだったのだ。

別に帰省を止められていた訳じゃない。ラリマからは何度か促されたくらいだ、それでもセドニーは帰らなかった。休むとそれだけ一人前になることが遠退くような気がして出来なかったのだ。

セドニーは寂しい気持ちを押し殺して懸命に修行に励んだ。早く一人前になって実家に帰れるように、家族の為に役に立てるように。

玄関の扉の前でそんな事を思い出しながらセドニーは立っていた。実家に帰るだけで何故こんなに緊張するのか、戸惑いもあってなかなか手を伸ばせない。最後の手紙からは全員元気そうな気配がしたが実際はどうなのだろう。

なかなか帰らなかったことを怒られるだろうか。

「セドニー。」

寄り添うような優しい声が足元から聞こえてきた。愛らしい姿で見上げてくるアズロはそれ以上何も言おうとはしない。ただ、心配してくれていることだけは伝わってきた。

「うん。行こう。」

ここで悩んでいても仕方がない、セドニーは短く息を吐くと腕を伸ばして戸を叩く。扉の向こうから反応する声と人の気配を感じ取れた。

「はあい。どなた?」

扉を開けたのはセドニーと同じ、少し黄みがかった茶色の髪をした女性だ。女性はセドニーの姿を見た瞬間にその目を大きく開き、そして嬉しそうに表情を緩めた。

「あら、セドニー。大きくなったわねぇ。」
「…お母さんっ!」

久しぶりに見る母親に感極まったセドニーは挨拶もせず目の前の母親に抱き着いた。早くもすすり泣く声が聞こえてくる。

「あらあら、可愛らしいのはそのままだったわね。」

セドニーの母親は愛おしそうに彼女の背中と頭を撫でて抱きしめてあげた。部屋の奥からなんだなんだと家族がやってくる。姿を現したのは父親と妹だろうか、次々にセドニーの名を呼んでは中に入るように促した。

セドニーの涙が治まったのは少し時間が経ってからの事だ。

「久しぶりだな、すっかり大きくなって見違えたぞ。」
「背はもう私と変わらないんじゃないかしらね。」
「お姉ちゃん、都会の話聞かせてよ!手紙だけじゃ全然足りないの!」

父親を筆頭に次々と言いたいことを口にしてセドニーを囲んでいく。まだ涙が少し残っているセドニーは鼻をすすりながら微笑んだ。アズロは少し離れた玄関付近でその様子をずっと見ていた。

そういえばセドニーの家族の話は聞いたことがない。ただアズロが感じるこの温かくて優しい空気はとても自然にセドニーに馴染んでいた。ここで育ったのなら当然のことだが、魔法屋で働くセドニーはもう少し研ぎ澄ましている雰囲気もあったので不思議な感じがするのだ。それもアズロと暮らす家の中では少し和らいでいたがこの家の持つ空気には到底及ばない。ぐぐっと首を伸ばして部屋の中の様子を眺めてみれば、やはり違和感はなくて。

「なかなか帰れなくてごめんね。実は私、師匠からの卒業試験でここに来てて…お父さん、暖炉の上の飾りの奥を見てもいい?」

そう言うと父親の横をすり抜け、セドニーは目的の場所まで足を進めた。暖炉の上には思い出の飾りが飾ってある。その向こう側に手を伸ばせば、数時間前に初めて見たウサギのぬいぐるみがあった。

水晶の導きはずっとそこを指していた。ああ、占いは成功したのだと安堵してセドニーは胸の内で水晶玉に感謝を告げる。カバン越しに優しく触れれば応えるように水晶玉が淡く光ったのを感じた。