セドニーの微笑みにアズロも笑みを返す。ふと思いついてセドニーは手を差し出し人差し指を跳ねさせながら踊るように宙に描いた。

するとソファの近くにワゴンが現れ、その上にティーセットがポンポンと音を立てながら出てくる。台所からお菓子が飛んできて皿の上に乗り、あとはお茶を入れるだけというところでセドニーからため息が漏れた。

「お茶を入れるのはまだ難しいみたい。」
「ここまで出来たらまずは上出来だろう。」

セドニーの頑張りを称えるとその続きを引き取ったアズロの魔法が紅茶を入れる。そしてセドニーとアズロ、それぞれの前にゆっくりとソーサーごと置かれた。

「ありがとう。私はまだまだだね。」
「そんな事はない。今日で一気に変わったな。魔力の質が良くなっている。」
「昼間に師匠が教えてくれたの。気が付いてた?離れの周りの景色が変わってたでしょ?」
「ああ。」
「あれ私がやったんだよ?最初は師匠がやってたんだけど、いつの間にか私が色々変えちゃってたみたい。」

セドニーはラリマとのやり取りの中で自分が色々変えてしまったことを話す。アズロはたいして驚かずにただ優しい微笑みで耳を傾けていた。

「私にもこんなことが出来るんだって知らなかった。それにそんなに疲れなかったのも驚いて。」
「それは凄いな。」
「師匠も褒めてくれて。なんか、ここにきてようやく魔女とか魔法とか分かってきたような気がするんだ。」

今まではラリマへの憧れと、物語の中に入ってしまったような感覚、そして早く独り立ちして家に帰らなければという気持ちが占めていた。魔女とはこういうもの、魔法とはこう使うもの、まるで教科書の文字だけをそのまま頭に入れた形だったのだ。

「占いの許可が出て、もうすぐ見習いの終わりが見えて。それでも私は魔法のことよく分かっていなかったんだと思う。疑問は解決するけど…自分から深く知ろうとしていなかった。」

突然始まった独白にアズロは少し驚いたような表情をしていた。そしてセドニーという魔女の心の内を静かに理解したのだ。彼女は自分から魔女を志していたのではなく、精霊の導きによって魔女となった。魔女を嫌っている訳ではないし、むしろ勤勉であることも分かったが、魔女としての欲がなかったのだ。

「栽培だって調合だってたくさん練習したし勉強したから知識はあると思う。でも自分から可能性を広げようとはしてなかったなって…アズロと会ってから気付かされることがあって。昼間の師匠との会話でもそれを感じたの。」

笑みを浮かべているセドニーの目に悲しみ色はない、でも記憶を辿っているその目は遠くを見ていた。一度言葉を区切ってカップに手を伸ばす。アズロのいれた紅茶を一口飲めば口元がほころんだ。

「さっきのアズロの話を聞いてちょっと思ったよ。私も頑張らなきゃって。」
「俺の話を聞いて?」
「うん。見習いを終わらせることは勿論だけど、アズロに見合うような魔女にならなきゃって。」
「…俺に?」

セドニーの言葉が意外だったのか、アズロは目を大きく開いて驚いている。その姿が可愛らしく思えてセドニーは楽しそうに笑顔でそうだと頷いた。

「今以上にたくさんの事を学んでいくよ。どうすれば師匠みたいに…アズロの言っていた魔女みたいになれるか分からないけど、私はまだ師匠の傍で学べる場所にいるから。魔法の可能性を広げていきたいって思う。」

この離れを変えることが出来たみたいに自分の魔法には無限の可能性があるのだと感じたセドニーは前向きだった。

「少なくとも今までのアズロの努力に見合う様にはなりたいって思ったんだ。」
「セドニー…。」
「何より楽しかったんだ。思ってることがどんどん形になっていく事…私久しぶりに魔法でわくわくしたよ。」
「…そうか。」

声が弾むセドニーにアズロは微笑んで答える。アズロもどこかセドニーと同じように嬉しそうで、その事がセドニーを満たしていった。

セドニーは気付いていた。自分のこの言葉がアズロを受け入れることを意味していることを、二人のこれからに前向きであることを示していると。

「セドニーが自分の空間を作った時に頼みたいことがある。」
「なに?」
「幹の太い樹の寝床を外に作って欲しい。俺は高いところが好きなんだ。」
「いいよ、任せて!」

そう勢いよく答えて笑みを浮かべれば目の前のアズロもこれまでになく優しい笑みを向けてくれていた。でもそれはどこか少し色が違っているように感じて、セドニーは途端に身構えるように息を飲む。