その日の夕食は離れでアズロと取ることにした。

ラリマはいつもタイガと会話を楽しみながらゆっくり夕食を取るのだという。師匠に倣ってセドニーもそうしようと決めたのだ。慣れた手つきで夕食の準備をしていると、たくさんの果物を抱えたアズロが台所に入ってくる。

「おかえり。」

セドニーが声をかければアズロが驚いたように動きを止めた。なんだろうと首を傾げれば我に返ったように瞬きを重ねる。

「ただいま。」
「こんなにたくさんどうしたの?」
「…精霊の悪戯にあった。」

よく分からない説明に眉を寄せれば疲れた表情のアズロはひとつため息を吐いてから説明を始めた。精霊は魔獣だというだけで敵意を向けるものもいれば好意的な事をする者もいる。今日は後者に出くわし、やたら絡まれ遊べと付きまとわれいいように扱われて最後にお土産を持たされたとぼやいた。

「よくある事なの?」
「…たまに。精霊が多くいる場所にはあまり近寄らないようにしている。」

遠い目をして疲労の色を隠さないアズロにセドニーは思わず笑ってしまう。魔獣だからと言って一線を引いているような存在ではないという事が感じられて親近感がわいたのだ。

それにあの可愛い精霊たちに絡まれるアズロを見てみたいと思った。

「いい匂いだな。」
「もう少しで出来るの。その果物剥いちゃおうか。」
「剥く?」

出来るかとナイフをアズロに渡せばよく分からないと言った顔でまじまじとナイフを見つめる。どうやら果物をむくという概念はないらしい。完成系が分からないのであればやりようがないだろうと、アズロには食器の準備をお願いしてセドニーが果物を剝き始めた。

するすると手慣れた様子で皮を剝かれていく果物、何等分かして小さくなっていく様にアズロは言葉なく見入っていた。

「すごいな…。」

心からの称賛にセドニーはまた笑ってしまう。

「そのまま丸かじりしてたの?」
「ああ。何だこれは…。」
「うさぎちゃん。」

皮をウサギの耳に見立てた切り方にはイマイチ必要性も意味も感じられないようだ。目を細めて難色を示すその様子にセドニーは笑いが止まらなかった。

「何故この形に?」
「可愛いから。」
「…分からない。」

心底理解できないという表情が可笑しくてたまらない。見た目が可愛いとよりおいしく感じると伝えても、そもそも可愛いと思えないなら意味がないのだと気付かされまた笑ってしまった。

アズロとはもっとこういう時間を過ごせたらいい、セドニーはそんな事を思って夕飯の支度に勤しんだ。

「うまい。」

セドニー特製のスープを口に含んだ第一声、アズロはそう呟いて二口目をすくった。初日もそうだったが、セドニーの作る料理はアズロの口には合うようだ。どんどん進んでいく食事に安堵してセドニーはようやく自分も一口目を含んだ。

「アズロは料理とかしないんだっけ。」
「ああ。特に必要性はなかったな。」
「今までどうしてたの?」
「色々だ。果物を食べる時もあれば、料理が運ばれてくる時もある。」

その言葉を聞いたとき、そういえば黒ヒョウは魔獣の中でも高位だったと思い出してセドニーは納得した。使用人みたいな人たちがいるのかもしれない、そう思うとこんな庶民の食べ物でいいのか急に不安になってきた。

「こんな庶民飯でごめんなさい。」
「なんだそれ?十分にうまいぞ。」

それは下々のご飯が珍しいからではないでしょうかと何故か胸の内で敬語を使ってしまうセドニーがいる。しかしそんな事は知らないアズロはどんどんと食事を進めていった。

「俺も覚えた方がいいな、料理。」

突然アズロが呟いたのは食器の後片付けをしている時だ。思わずアズロの表情を見たが、そこには意気込んだ様子もなかったので本人の中で前向きな言葉だったのだろう。

「料理してみたくなったの?」
「それもある。一番はセドニーに負担がいくような気がした。」
「私に?」
「この先セドニーにばかりさせる訳にはいかないからな。」

食器洗いは自分がする、そう告げるとアズロは台所に立ってセドニーの分もまとめて洗い始めた。

「わあ…。」

アズロの周りに精霊が現れて食器を全て水の中に包んでしまう。何回か水が弾んだと思えば消えて、次は暖かくて柔らかい風が食器を乾かし始めた。そしてその風はそのまま棚の中へと食器を運んでいく。

仕事を終えた精霊たちはアズロが持ち帰った果物を手土産にふわりと姿を消してしまった。