「師匠はどうやって支配人が対の魔獣だと分かったんですか?」

タイガの言った通り、セドニーが越してきた翌日は魔法屋を休みにしたラリマがセドニーとの時間を設けた。本邸と離れの間にある庭に作られたガゼボで軽食を取がらの会話は、さながら上流貴族のお茶会のようだ。そんな事を思いながらセドニーは素朴な疑問をラリマに投げかけたのがさっきの言葉だった。

「師匠が占ったんでしょうか。」
「ううん。私は占ってはいないわ、タイガも探していた訳ではなかったようだし。」
「偶然に出会えたってことですか?」
「そうね…偶然、かしらねえ。」

いつかの記憶を掘り起こしながらラリマは頬に手を当てて宙を眺める。そこに答えがある訳ではないが何か見つかりそうになるのは不思議な感覚だ。

「私はね、セドニー。偶然というのはあまり好きではないの。物事には何かしら関りがあって意味を成しているのだと私は思うのよ。」
「…必然、という事ですか?」
「それだと何だか強すぎるわね。そこまで言い切るつもりはないんだけど…まあそんなところかしら。」

しっくりと当てはまる言葉が見つからないようで少し困ったようにラリマは微笑んだ。そういう時もたまにある、最後は言葉を濁して本題に戻った。

「私がタイガを見つけたのは天幕街よ。多種族の行商人が集まる場所でタイガは面倒な輩に囲まれていたの。一人相手に複数だったから手を貸すべきか悩んでいたんだけど…不思議とタイガが睨むだけで相手が去っていったのよ。」
「…なるほど。」

目の前にいる人を人間と扱わないようなタイガのさげすむ視線は何度か見たことがある。地球屋の女性店員を狙った嫌な客はたまに現れるのだが、もれなくタイガの静かな対応で解決してしまうのだ。
その時のタイガの目はまるでゴミを見るかのように相手の自尊心を壊していく。
きっとあれの事だろうとセドニーは胸の内で納得した。

「あまりに鮮やかだったから感心しちゃって、そのまま見ていたら目が合ってね?こう…強い繋がりみたいなのを感じたから、思わず連れて帰っちゃった。」
「え?師匠が?」
「そう。ずっと付きまとってなんとか堕としたのよねぇ。」

これまた意外な話にセドニーは大きく開いたままの口が塞がらなかった。てっきり自分の様にラリマもタイガの方から懇願されたかと思っていたし、なんなら魔獣とはそういうものではないのかとさえ考え始めていたからだ。

何よりラリマは美しい。ラリマを手に入れようとする男性をこれまで何度も見てきていた分、確信めいたものがあったのに意外だった。

「ふふ。セドニーとこんな話をする日が来るなんて思いもしなかったわ。でもそうね…貴女もすっかり大きくなったものね。」
「そうですよ。いつまでも子供扱いしないでください…。」
「ごめんなさいね、本当ならまだ幼かった貴女を私の屋敷で面倒みてあげたかったんだけど…タイガが嫌がっちゃって。魔獣には自分の領域があって対の魔女以外は踏み込ませたくないようなの。」
「じゃあ今回は…。」
「だから離れを作ったのよ。それに彼も自分の領域に私を入れたくないだろうしね。」

そう言って微笑むラリマの言葉にセドニーは現状を理解した。だから今日も室内ではなく庭にしたのだ。きっとこの場所は魔獣同士である二人にとって許容できる場所なのだろう。

「改めて…昨日はごめんなさいね。私の可愛いセドニーが黒ヒョウに襲われるような映像を見てしまったからつい…親心が出てしまって。」
「い、いえ。」
「でも魔女と魔獣の関係はあなたたちに任せるわ。当人たちの問題だもの。」

少し寂しそうな表情を浮かべては紅茶を口に運ぶ。ラリマの中ではもう少しゆっくりとセドニーを育てていくつもりだったのだろう、その思いが断ち切られてしまった悲しさもあるのかもしれない。

ラリマの中ではセドニーはいつまでも出会った頃の少女のままなのだ。今はもう初対面の人からは大人とまではいかないものの、一人の女性として扱われるくらいには成長しているというのに。

今はもうラリマもそれを分かっているようだった。