妖精の事はアズロの方が知識が豊富だった。聞けば魔獣は妖精たちと同じ様な場所に暮らしているらしく、それなりに付き合いが深いようだ。

「トトリの樹の蜜をいれた食べ物がうまいと話していたのを聞いたことがある。」
「そうなの?知らなかった…今度入れてみる。」
「草の精霊にはいいかもしれないな。水は…果実水が好きだった気がする。」
「それね!よくウチでも出してるよ。」

共通の話題があればより仲が深くなるのが容易くなる。セドニーはアズロが自分の頑張って来た仕事を認めてくれたことに嬉しく思い、アズロはセドニーの勤勉さに感心した。使い込まれた調合器具、何度も読み返された本、この部屋にあるのは魔女に関わる物ばかりだったのだ。

「セドニーは勉強家だな。」
「だって早く一人前になりたいから。それで師匠に恩返しがしたいし、田舎の家族も安心させてあげたい。」

自給自足に近い生活をする田舎の村は家族がお互いに協力して生活していた。家畜の世話も、野菜の手入れも自分たちで行うのだ。魔女に弟子入りしたことで一人分の働き手がなくなったことをセドニーはずっと申し訳ないと思っていた。

たまに仕送りをするが家族からはいらないと手紙が帰ってくる。それでもセドニーがやりたくて物を送る時もあるのだ。そんなやり取りがもう何年も続いていた。

「ごめんね、こんな話。」
「いや。家族を大切に思う気持ちはよく分かるよ。俺も父や母を尊敬しているし、兄弟だって仲がいい。」
「そっか。一緒だね!」

思わぬ共通点が見つかってセドニーは嬉しくなる。会ったばかり、それも不思議な関係の相手にこんな話をするなんて自分でも信じられなかった。少し前まで感じていた威圧感はなく、今この部屋の中にいるアズロは年頃の普通の青年のようだ。

「…どうした?」

ふと視線を感じたアズロが不思議そうにセドニーに尋ねた。

「あ、なんか…少しずつアズロに慣れてきたなって。」

思ったことをそのまま口にしたが、よく分からない答えだったなと自分でも首を傾げたくなる。そんな言葉にアズロは楽しそうに声を出して笑った。

「それは願ったり叶ったりだ。」

そしてまたアズロは手を動かして作業を進めていく。その時、なんとなくだが打ち解ける為の時間をラリマが用意してくれたのではないかとセドニーは思った。面と向かい合って話すとただ緊張するだけで何も変わらない、何か作業を一緒にしながらだと言葉を交わしやすいと。

「…恋愛小説も多いな。」
「わああああああああ!!!」

一人心の中で師匠に感謝している間にとんでもない発言がアズロから聞こえてきた。慌ててアズロの手の中にある恋愛小説を奪い取る。しかし取ったところでまだ本棚には何冊も控えていた。

「し、知らないふりしててよ!!」
「それは申し訳ない…。」

仕事以外で唯一の趣味と言っていい読書の中心が恋愛小説になったのは最近のことだ。それまでは冒険ものが好きだったし、ミステリーもハラハラしながら読み進めるのが好きだった。足繫く図書館に通っては読み込んでいたのだと声を大きく説明するセドニーの話のゴールは見えない。

「分かる!?私は本を読むことが好きなの!今はたまたま恋愛小説にハマってるだけ!」
「…なるほど。」

それしか返すことが出来ないアズロの返事は合格点だ。自分でも何を焦って言い訳しているのかよく分からない。セドニーは手にしている本を抱きしめて頷くことしか出来なかった。

「じゃあそれは図書館の本か。」
「…ううん、自分で買ったやつ。」

図書館で借りて、物語の内容に憧れて何度も何度も読み返して、何回か同じものを借りた後についに自分で買ってしまった本の一つだ。

「じゃあ、持っていこう。」

恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら本を抱きしめるセドニーを揶揄うわけでもなく。アズロはそれ以外の本を黙々と取り出して運ぶ準備を進めていった。

「アズロって…図書館とか本とか魔獣のに人間の世界の事詳しいね。」
「学んだからな。魔女と生きる為に。」