アズロの言葉に素直に頷いたのはこれが初めてではないだろうか。

それをアズロも感じ取ったのか、一瞬目を丸くしたが次第にそれは嬉しそうな笑みへと変化していった。それはとてつもない破壊力で。鳥肌なのか発熱なのか、セドニーの全身が熱をもって痺れるような感覚に支配された。

「でもこれだけは覚えていて欲しい。俺は貴女が対の魔女だと確信している。あの占いを通してそうであると貴女も感じたはずだ。」
「そ…それは…。」
「俺を受け入れてほしい。貴女が受け入れてくれない限り、どれだけ俺が貴女を守ったとしても守り通せない。」

アズロはセドニーが距離を取ったとしても詰め寄ることはしなかった。それは昨夜の出来事からわきまえているのだとセドニーにも分かる。片膝をついたまま、上目遣いに訴えてくるその姿勢は忠誠を誓う騎士のようでセドニーの心を大きく揺さぶってきた。

まるで昔憧れた恋物語のようではないかと恥ずかしくなってしまうのだ。

「…それは、一緒に師匠の家に住むことを言ってるんですよね。私を守ってくれるっていう…。」
「ああ、そこが始まりだ。」

イマイチ何から守られるのかよく分からないが、これだけ言われるのだから素直に身を任せた方がいいのだろう。セドニーは少しずつアズロと言葉を重ねていく事で自分の中の落としどころを見つけ出せたようだ。

「…じゃあ、よろしくお願いします。」

やっぱり恥ずかしくて目を合わせることが出来ないまま口にすれば、アズロの息を飲む音だけが聞こえてきた。驚いているのだろうか、様子が気になり視線をアズロに向けてみれば彼は予想を超えた笑顔を見せてくれていた。

それは初めて会った夜、去り際に名前を教えてくれた時の笑顔と同じだ。

「ああ!こちらこそ宜しく頼む!」

精悍な顔つきで話していた今までとは違いなんて無邪気な笑顔なのだろうか。このくらいの雰囲気の方がいい、自然とそう思っていたことが口に出てしまった。

「…そんな感じの方が話しやすいな。」
「え?」
「あ、いや…えっと、貴女~とか畏まった話し方されるとなんか緊張しちゃって…。」

自分はアズロの様に格式高い生まれ育ちではなく、敬語も困らない程度にしか使いこなせない。そう続けてセドニーは情けなくなり少し落ち込んだ。

そう、田舎の村で生まれ育った自分が都会の人気のお店で魔女見習いをしていることもどこか夢心地なところもあるのだ。それだけでもすごい事なのに魔獣が自分を守ってくれるという。場違いだという感覚が生まれても仕方がない事だった。

「なら、互いに名前を呼んで言葉を崩していこう。」
「え?」
「それが俺たちの始まりに丁度いいならそうした方がいい。」

どうだ、そう聞かれてセドニーは瞬きを重ねる。うん、そうだ。自分の中にストンと落ちてきて自然に頷いた。

「うん。それがいい。」
「決まりだな。改めてよろしく、セドニー。」
「よろしく、アズロ。」

求められた握手に応じて二人は初めて向かい合って笑った。それはさっきまでとは違う感覚で、妙な緊張感もなくセドニーは安心したのだ。

「荷物を運ぶんだろう。手伝う。」
「うん。師匠は家具とか食器とかは全部用意するって言ってたから…服とか薬剤とかかな。」

出来るだけ最小限の荷物になるように一通りの生活用品は準備しておくと、ラリマの厚意に甘えてセドニーは荷物をまとめた。さすがに衣類を触らせることに抵抗があったのでアズロには薬剤や書物を任せることにした。

「…料理の本が多いな。」
「魔法屋には妖精がたくさん来てくれるからね。常にお菓子を用意しておかなきゃいけなくて。準備係も順番で回ってくるからその為にね。」
「妖精はもてなさないといけないからな。」
「そう。飽きないようにお菓子も同じものばかり出さないよう気を付けてるの。」

お互いに手を動かしながら少しずつ会話が増えていく。それは特に意識していた訳ではなかったが、自然と言葉を交わしていたのだ。