「セドニー、ここにポプリと香を置いとくね。今日の店の香はラピスだって。」
「分かった、ありがとう!」

同僚から受け取った籠をその場に置くと、セドニーは預かった香を手にし、もう片方の手を舞わせて火の精霊を呼び出した。
ふわりとセドニーの近くに赤みが強いオレンジ色の光が現れて揺れる。

「よろしくね。今日はラピスの香りだって。」

楽しげに精霊と言葉を交わして香に火を灯した。役目を終えた精霊はクスクスと笑いながらセドニーの周りを飛び回る。

「ありがとう、お菓子があるから食べていってね。」

その言葉を聞いてよりいっそう速度を上げた光がお菓子置き場の方へと飛んで行った。その様子を微笑みながら見送りセドニーは香を立てた。

少しずつ立ってくる香りを吸い込んで顔を綻ばせる。なんていい香りなのだろう。しかし今は忙しない時間、セドニーはすぐに気持ちを切り替えてポプリを手に作業場まで急いだ。

同僚たちと忙しなく働くには理由がある。セドニーが勤めるこの魔法屋は王都で多くの人の関心を集めているからだ。要は人気店、大繁盛なのである。

「忙しいからと言って焦ってはダメよ?品質は落とさない、必ず丁寧に扱ってね。質の低下は人気の低下に直結よ、気を引き締めていきましょう。」

ラリマの声が慌ただしく開店準備をする店内に響く。見習いを含む魔女たちは元気よく返事をしてそれぞれ気を引き締めた。

セドニーはポプリの袋を手にして気持ちを落ち着かせる。祈りを込めて丁寧に仕上げのリボンを一つ一つ結んでいく、この作業こそが最重要なのだ。そうすることで魔女のまじないが完成するという事をどこまでの人が知っているのだろう。

そこにはベテランだろうと見習いだろうと関係はない。
出来るから任された仕事、責任と誇りをもってポプリを作っていく。いまセドニーが手にしているのは安らぎと癒しのポプリだ。

「どうか安らぎを手にして心が穏やかになりますように。」

小さく唱えてはリボンを結ぶ、単純な作業でもそれがまじないの効果を確かなものにするものだった。そしてこの小さな作業の積み重ねがセドニーの魔力を高めていく。

「セドニーの仕事は丁寧だから好きよ。いい弟子をもって私は幸せ者ね。」

年齢不詳のセドニーの師匠ラリマはこの魔法屋の一番の実力者だった。胸の下まである長い髪はさらさらなストレートで羨ましい。美しい銀の髪と透き通るような水色の瞳はまさに女神と言わんばかりの容姿だ。

この絶世の美女が常に横で微笑みかけてくれる、そんな自分は世界一の幸せ弟子だと噛みしめていた。

「師匠に手ほどきをしていただいている私こそ、幸せ者です。」

横からあふれ出る癒しオーラを浴びながらセドニーははにかんだ。セドニーの反応がお気に召したのかラリマは彼女の頭を胸に抱きよせて頬ずりをした。

ああ、なんて可愛いの。そんな甘い声が頭上から降ってきてセドニーは困惑する。
ラリマの愛情表現は今に始まったことではないのだが、それでも慣れないのだ。

「師匠、やめてください。」
「いいじゃないの。」

それぞれの場所で開店準備をする魔法屋の店内は忙しい時間だ。じゃれあう二人に遠くから手を動かせと指示が飛んでくる。

「あら、もうこんな時間だわ。…セドニー、今日は星の部屋にいらっしゃい。」
「私もですか?」
「ええ、もう貴女に教えてもいい頃だと思っていたのよ。」

ラリマが他の魔女にセドニーを連れていくことを知らせると、他の見習い魔女から歓声が沸いた。

「すごい!やったね、セドリー!」
「おめでとう!頑張ってね!」

見習いたちの喜びにラリマの笑みを浮かべる。当の本人であるセドニーは確かに耳に入っている声も内容も理解しているのに気持ちがついていかなかった。
それを分かったラリマは改めてセドニーに告げたのだ。

「魔女見習いの最終課題よ。セドニー、貴女に占いを教えます。」
「は、はい!」

どこか戸惑いながらも深呼吸で平常心を取り戻してセドニーはこれからの出来事に挑むことにした。