2人は皇居周辺を歩き、公園の緑の中を進んでいった。土曜日ということでカップルや家族連れも多く、市民ランナーや犬の散歩をする人もいた。景色を眺めつつゆっくりと歩いていると、とある婦人が清士に声をかけた。少し年を召しているようにも見えるが、若々しい人だ。

「あら、お兄さん、とっても美形ね」

「それはどうも」

清士は婦人に向かって一礼した。婦人は咲桜も巻き込んで立ち話を続ける。

「あなたね、あの俳優さんに似てるわ。隣のあなたもそう思うでしょう、あの……彼よ、あの映画が好きなのよ私……」

にっこりと笑って婦人が思い出すのを待つ清士の隣では咲桜が清士をつついて早く行こうと急かしていたが、婦人は思い出したように手を叩いた。

「北原嵰さんだわ!私ね、彼が出演した作品は全部見たってくらいよ」

「はあ、北原さんですか」

婦人は拍車をかけるように次を話し、その話は咲桜の方にも向いた。

「そうよ〜!あなた、彼みたいなイケメンのお兄さんと付き合えるなんて、本当にラッキーね〜!」

咲桜は婦人の言ったことに少し不快感を感じた。そもそも、この人と付き合うなんて、よほどの何かが起こらない限りあり得ない。

「あら、もうこんな時間だわ。邪魔しちゃったわね」

腕時計を見て慌てた素振りを見せた婦人は、そそくさとその場を離れた。また清士と咲桜の2人になる。

「あのご婦人は、嵐のような方だったね」

さすがの清士も苦笑いだ。

「ねえ成田さん、さっきあの人が言ってた、成田さんに似てるっていう北原さんって誰のこと?」

咲桜は婦人の口から確かに「キタハラケン」という名前を聞いたが、話のスピードも相まって全く話がわからなかった。

「北原嵰っていうのは、あの方が話していたように俳優なんだが、かなりの人気でね。たくさんの映画に出ているし、世の女性は誰もが一度はお会いしたいと言っているほどで二枚目で売り出している俳優さ」

「そうなんだ、なんかよくわからないけどとにかくイケメンってことね。確かに今まで成田さんの顔なんてはっきり見てなかったけど、言われてみれば目鼻立ちがはっきりしていて爽やかだけどなんとなく落ち着いてるし、すらっとしてるし。あの人が言うことも分かるかも。まあ、恋人に間違われたのはちょっとしんどいけど」

清士は咲桜の話についていけていなかった。もちろん話の筋はわかっているが、時代が違えば言葉が違うということで、聞いたことのない言葉が耳に残った。

「大戸さん、『いけめん』とはどういうことだ……聞いていたらどうやら褒め言葉のような気がするが、大戸さんは僕のことを褒めてくれているのかい」

咲桜も、何気なく使った言葉が清士にとっては初めて知る言葉だということを悟って、時代が違えば言葉が違うということを理解した。前の時代よりも後の時代の方がボキャブラリーが増えているのは当然のことだ。

「『イケメン』っていうのは、褒め言葉。さっきあの人も言ってたでしょ?意味は見た目がいい人とか、美男とか、そんな感じ」

「つまりは、大戸さんも僕のことを美男だと思うわけだな。僕の方こそ、僕のことを『いけめん』だと思ってくれる美女と恋人だと勘違いされるなんて思いもしなかったよ」

清士はそれまで正面を向きながら歩いていたが、突然遠くの方を眺めてそう言った。

「え、今私のこと『美女』って言った?」

清士は遠くを見たまま流れるように話す。

「どうだろうな、言ったかもしれないな」

2人はそれ以上なにも言わずゆっくりと歩いた。