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 僕のお兄ちゃんはちょっと変わっている。
 どこが変わっているかと聞かれると、ちょっと答えづらい。
 毎日、自分の部屋にこもりきって、なにかをしている。


 お父さんとお兄ちゃんは仲が悪い。
 理由はお兄ちゃんが、高校をやめて学校にも行かず、仕事もしないから。
 だけど、お兄ちゃんは僕に優しいし、僕の知らないことをたくさん教えてくれる。


 そう、僕はお兄ちゃんが大好き。
 かっこいいって思うし、頭もいい。
 それに僕がクリアできないゲームのボスだって簡単に倒しちゃう。


 お兄ちゃんは普通の人と違って、朝は寝ている。
 僕が小学校から帰ってきたぐらいに起きる。
 でも、夜ご飯はお父さんとお母さんとは一緒に食べてくれない。


 昔はあんなに仲のいい家族だったのに。
 僕は困っていた。お兄ちゃんとお父さんの仲が元に戻れるように。
 ある日、お母さんが僕に言った。
「お兄ちゃんはひきこもりなんだよ」って。


 ひきこもりってなんだろう。
 別に悪いことをしているわけじゃないのに、なんで大人はあんなに怒るのかな?
 僕にとっては優しい大好きなお兄ちゃんなんだけど。


 お兄ちゃんはなかなか部屋から出てこないけど、僕がリビングでゲームをしていると、よく遊んでくれる。
 だいたい夜が多い。
 僕は毎日、この時間が楽しくて仕方ない。


 お父さんは僕とお兄ちゃんの遊んでいる姿を見るとムッとしているけど。
 それでもお兄ちゃんとの時間は僕には大事。
 お父さんだって一緒にゲームすれば、お兄ちゃんのすごさがわかるよ。


 小学校で僕が気にかけている女の子、まりちゃんがこう言ったんだ。
「ねぇ、恭介くんの家に遊びに行ってもいい?」
 僕はビックリした。クラスで一番可愛いまりちゃんが僕の家に来るなんて。
 嬉しくてすぐに「もちろんだよ」と答えた。

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「じゃああとでね」
「うん、待っているよ」
 嬉しかったけど、僕は一つ気になることがあった。
 それはお兄ちゃんのこと。

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 お兄ちゃんは大人に近い年だけど、学校にも行ってないし働いてない。
 悪い事じゃないんだけど、まりちゃんが会って怖がったりしないか心配だった。
 だからといって、お兄ちゃんに「部屋から出てこないで」なんて言えない。

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 まりちゃんがお家に遊びに来てくれた。
 リビングで一緒にお菓子を食べたり、トランプして楽しんだ。
「ねぇ、恭介くん家ってゲームあるの?」
「うん、毎日やっているよ」
「私もやってみたいな」

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 僕とまりちゃんはゲームで遊ぶことにした。
「むずかしい! 倒せないよ」
「はは、このボスは僕でも勝てないよ」
「え? なら誰が倒したの? ランキングには恭介くんの名前があるよ」
 ハッとした。

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 お兄ちゃんが僕の名前でボスを倒したんだった。
「ねぇ、私もこのボスを倒したエンディング見てみたい」
「そ、それは無理だよ……」
「どうして?」
「だって…」
 
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 僕が困っているとリビングにお兄ちゃんが現れた。
「恭介、どうした?」
 振り返るとパジャマ姿のお兄ちゃんがいた。
「あ、お邪魔してます」
 まりちゃんがお兄ちゃんに礼儀正しく頭を下げる。
 お兄ちゃんは「こんちわ」と少し恥ずかしそう。

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「お兄ちゃん、このボス倒せる?」
「あーそいつか、倒せるぞ」
 そう言うとお兄ちゃんはコントローラーを持って、ゲームをしだした。
 僕やまりちゃんが手こずっていてボスもお兄ちゃんの手にかかれば、楽勝。
「すごい! 恭介くんのお兄ちゃん!」

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 まりちゃんは目を大きくしてビックリしていた。
 拍手して喜んでいる。
 クリアしたのはお兄ちゃんだったのに、なんだか僕が胸をはっていた。
「うん、お兄ちゃんはすごいんだよ!」
「はは、ゲームぐらいで恥ずかしいな」
 お兄ちゃんは顔を赤くしていた。

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「恭介くんのお兄ちゃんって天才ですね!」
 まりちゃんはキラキラした目でお兄ちゃんを見ていた。
「困ったな……」
 お兄ちゃんは照れていた。
 そのあと、お兄ちゃんは黙って自分の部屋に戻っていった。

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「ねぇ、恭介くんのお兄ちゃんって高校生?」
「ううん、違うんだよ。ひきこもりっていうらしいんだ」
 僕は自分で言っていて少し胸が痛くなった。
「ふぅん、なんか私から見たらすごい人なんだけどなぁ」
 まりちゃんは不思議そうにしていた。

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 まりちゃんが遊びに来ることが多くなった。
 その度にお兄ちゃんはまりちゃんにゲームをさせられていた。
 正直、お兄ちゃんは少し困っているように見えた。
 それから数ヶ月が経った。

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 ある日、お兄ちゃんが珍しく朝から起きていた。
 僕に声をかけると、「お兄ちゃんの部屋においで」と誘われた。
 昔はよくお兄ちゃんの部屋で遊んでいたけど、ここ数年間は入ったことなかった。
 少し入るのが怖かった。

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 部屋に入ると僕はビックリした。
 壁一面に桜の木が並んでいる。
 全部、丁寧に描かれた絵。
 もっと暗い部屋だって勝手に思ってたのに、ここはまるでお兄ちゃんの個展だ。
「これ、全部お兄ちゃんが描いたの?」
「ああ、そうだ。恭介にやるよ」

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「どうして、僕に?」
「あのな、お兄ちゃん、明日遠いところに行くんだ」
「え?」
 僕はすごくビックリした。
「あのな、お兄ちゃん、絵の学校に通うんだ」
「そう……なんだ」

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 お兄ちゃんはずっと家にいるのが当たり前だと思っていた。
 僕は気がつくと悲しくなって泣いていた。
「嫌だ! お兄ちゃん、出ていかないで!」
「おいおい、恭介。泣くことはないだろ。たまに帰ってくるし」
 お兄ちゃんは優しく笑うと僕の頭をなでてくれた。

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「恭介、お兄ちゃん。ひきこもりだろ?」
「うん、けどお兄ちゃんは悪くないもん、すごいお兄ちゃんだもん!」
「けどな、大人になるにはずっと家にいられないんだよ」
「お兄ちゃんだって前の学校で苦しんだの、僕は知っているよ!」
 昔、お兄ちゃんは学校から帰ってくると、服がボロボロになっていた。
「でもな、恭介。お兄ちゃんは夢を捨ててないぞ?」

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「夢?」
「ああ、お兄ちゃんは絵描きになるんだ」
 知らなかった。お兄ちゃんにそんな夢があったなんて。
「一度は負けちゃったけど、恭介に元気もらったからな」
「僕が?」
「そうだ、クラスの女の子にお兄ちゃん言われたろ?」

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「まりちゃん?」
「うん、あの子に天才って言われてさ……お兄ちゃんは負けたくないって思えた」
「ゲームのことで?」
「まあそうだな、ゲームなんだけど、人生も同じだなって」
 僕は意味がわからなかった。

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「だから恭介、ありがとな。お兄ちゃん、もう一度頑張ってみるよ」
 お兄ちゃんは見たことないくらいのキラキラした笑顔で家を出ていった。
 それからしばらく僕は毎日泣いていた。
 でも、まりちゃんがそんな僕を励ますように遊びに来てくれた。

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 それから一年後、お兄ちゃんは本当に絵の個展を発表した。
 賞もトロフィーもたくさんもらうぐらい有名になった。
 そしたらお父さんも笑ってた。
 僕はお兄ちゃんみたいにはなれないけど、いつも思っている。
「どうだ、僕のお兄ちゃんなんだぞ!」って。