そのやりとりを見て、ほんの少しだけホッとしてしまった。
そんな自分を見つけて、性格が悪いのかも、と反省する。
「いいじゃん、1枚くらいあげても。いつも同じの噛んでるんだから、まだあるんだろう?」
男子は女子を気にしているのか、西原くんを小突く。
「んー、好きな味だから、オレひとりが独占したいっつーの?」
西原くんはニイッと笑って、こう続けた。
「好きな人の好きなところ、自分だけが知っていたい的な?」
その言葉に、むくれていた女子が噴き出して、
「何、その独占欲。ウケるし。そんなに大事なんだ?そのガム」
と、笑う。
ぴりっとした空気が和やかになった。
西原くんを中心に、みんな笑っている。
(すごいなぁ)
西原くんはいつだって輪の中心で笑っている。
「自分」をきちんと持っていて、曲げない。
でも周りの人を笑顔にする力がある。
『好きな人の好きなところ、自分だけが知っていたい』
西原くんの言葉を頭の中で再生する。
(……ちょっとわかるかも)
いいな。
そういうところも好きだなぁ。
いいな。
西原くんに想ってもらえる人は。
きっととっても大事にされるんだろうな。
(うらやましい)
そこまで考えていたら。
急に寂しさが心のすみっこからヒョコッと顔を出した。
私もほしい。
何か、西原くんと共通のものや、共有できるもの。
だって。
西原くんに想ってもらえることなんか、この先あるとは思えない。
でも私だって。
何か、ほしい。
西原くんとおんなじ何かを。
授業開始の時間になった。
「席に着きなさーい」
先生が黒板の前に立ち、
「西原くんは何か食べているの?口が動いているけれど」
と、眉間にシワを寄せた。
素直に包み紙を口元に当てて、
「ガム食べてましたー」
と、明るい口調で西原くんが言う。
みんなクスクス笑っている。
先生までちょっと笑っていた。
(……ガム)
西原くんが独占したいほど好きなガム。
(私も、そのガムの味を知りたい)
おんなじ味を知って。
おんなじように好きになりたい。
おんなじ気持ちになりたい。
私は。
西原くんとおんなじがほしい。
そしたら。
会えない夏休みも。
……ううん、もしかしたら。
「特別」に選んでもらえないことも。
私、乗り越えられる……かも?
時間はあまりない。
夏休みまではあと少し。
それまでになんとかこのミッションをクリアしなくちゃ。
ミッション。
西原くんがいつも噛んでいるガムを特定すること。
どこのメーカーの、どんなガムなのか。
(まだわからないままなんだよね)
すぐに突きとめるつもりだったのに。
今、あのガムについて私が知っていることは。
(包み紙が明るい緑色ってこと、だけ)
そろそろ特定しないとおんなじを手に入れられないまま、夏休みを迎えてしまう。
放課後。
駅前のコンビニエンスストアに入店。
もしかしたら。
明るい緑色のパッケージでわかるかも?
私にとって特別になるガムだもん。
他とはきっと違って見える……はず。
ドキドキしながら。
ガムやあめの商品が並ぶ棚の前までやって来た。
4段ある棚。
上の2段はあめの商品が並んでいる。
私は下の2段にあるガムの商品たちを見つめた。
(どうかわかりますように!)
左端から順番に目で追っていく。
こんなに深い緑色のパッケージじゃない、と思う。
これは青いパッケージだからきっと違う、と思う。
(でも中身の包み紙が外側のパッケージと同じ色とは限らないかも?)
そう思うと、やっぱり情報の少なさに特定は難しいと悟る。
(せめて何味のガムか知れたならいいのに……)
その時。
店内にチャイムの音が流れた。
誰かが入店したんだとわかる。
出入り口のほうをちらりと見てみた。
そこには私と同じ高校の制服を着た、ふたりの男の子がいた。
「……!!」
そのうちのひとりは、西原くんだった。
「オレ、飲み物買うわ」
西原くんがそう言って、こちらへずんずん歩みを進める。
飲み物のコーナーは店のいちばん奥にあるから、私のいるガムとあめのコーナーを通って行くはず。
私は顔を見られないように、とっさにその場にしゃがむように隠れた。
(見つかりませんように、見つかりませんように)
そんな私の願いは虚しく、
「あれ?田畑さんじゃん」
と、頭の上から西原くんの声。
顔を上げると、ニイッと笑う西原くんと目が合った。
「西原の友達?」
西原くんと一緒にいる男子が、西原くんに尋ねた。
友達?
友達では、ないよね?
でも西原くんに「違うけど」とか言われると、傷つく。
例えそれが本当のことでも。
「そうだよ、友達。同じクラスでさー、一緒に掃除した仲だし」
西原くんはそう言った。
その言葉がふわふわ宙に連れて行ってくれそうなくらい、私には嬉しかった。
「……で?なんでしゃがんでんの?」
ハッ!!
私は勢いよく立ち上がり、
「特に理由はない、です」
と、早口で返事をした。
もうひとりの男子が、
「西原、時間。早く買うもの買って、行かなくちゃ」
と、西原くんを小突く。
「あ、そっか。ごめん、田畑さん。またな」
「あの、はい。また」
ふたりは飲み物のコーナーに移動した。
「つーか、これからテストとか鬼じゃね?」
「塾って結構テスト多いよなー」
ふたりはわりとボリュームのある声で話しているので、私がいるガムとあめのコーナーにも会話が聞こえてきた。
(塾に行っているんだ、西原くん)
どこの塾だろう?
ふとそう思って、首を振る。
おんなじ塾に通えたら、なんて思ってしまうけれど。
さすがにそれはやり過ぎかも。
お金もかかるし。
西原くんに気持ち悪がられたら、ショックで死ねる。
(だからガムでおんなじがほしいのに)
「そういえば西原、ガムはいいいの?」
西原くんの友達が聞いた。
「ん?」
「お前いっつもガム噛んでるけど、買い足さなくてもいいの?」
(ナイス!)
西原くんの友達、ナイス質問!
私は右手の親指を思わず立てた。
「別に平気。家に売るほどあるから」
西原くん達がレジ前に移動する気配がした。
レジ前からだと、私のいるガムとあめのコーナーが見えるはず。
慌ててあめの商品を適当に手に取り、今まさに吟味しているふうに装った。
「妹がさー、何かに応募したらしくて、あのガムを半年分当てたんだよ。でもさー……」
西原くん、妹さんがいるんだ?
思わぬところで西原くんの新情報を得た。
「あいつ、ミント味って知らなかったらしくて。苦手だからって半年分全部、オレにくれたわけ」
(あのガム、ミントの味なんだ!)
ミント味とわかったら、もう少し探しやすくなる。
どのメーカーのミント味なのか、このまま話してくれないかな。
「へぇ。でも西原超気に入ってるじゃん。そんなに美味しいの?どこのガム?オレも買おうかな」
(ナイス!!)
西原くんの友達に感謝を込めて、再び右手の親指を立てる。
「んー、それは無理かも」
西原くんは言った。
(え、無理?)
レジでお会計をしているのか、ふたりの会話が途切れる。
私の心はそわそわした。
「なんで無理?」
西原くんの友達が話しかけ、ふたりの会話が再開するみたいだから。
私は、耳に神経を集中させる。
「あのガムさー、期間限定のレアものらしいんだよ。だからもう、どこにも売ってないし。期間も終わったから」
(え……)
ふたりは店の外に出て行く。
遠くのほうで西原くんの友達の「まじかー」という声が聞こえた。