Valentine’s Day〜争奪戦の始まり〜

いつもの口調で答えた圭に対し、妹はグワッという効果音がつきそうなほどの勢いで目を見開き、圭の肩を強く掴む。

「お兄ちゃん、危機感なさすぎ!四人の中でとびっきりゴージャスで特別なチョコを用意しないと、お兄ちゃんの存在自体が霞んじゃうかもよ?」

「そんなことないだろ。結衣とは普通に話したりしてるんだよ」

結衣とは一年生の頃、同じ保健委員に入ったことで少しずつ話すようになった。委員会の仕事に真剣に取り組む姿に好きになり、教室でも積極的に話すようになったのだ。

「わっかんないよ〜?ショボいチョコだったらさ、「私への愛ってこんなものなの?」ってポイされるかもしれないじゃん」

好きな人へ渡すチョコレートは、ちゃんと綺麗に作って渡したい。だが、ゴージャスなものを作れる自信など圭にはなかった。

「俺、お菓子作りなんて初めてだけど」

「大丈夫!あたしがいるじゃん!」

そう言い、妹はキッチンにクリームチーズやインスタントコーヒー、ココアパウダーなどを並べていく。前に、イタリアスイーツの特集を見ていた圭は材料を見てピンときた。
「これから作るのってティラミス?」

「正解!」

イタリアスイーツの代表と言っても過言ではないティラミスは、確かにゴージャスだろう。圭は手を洗い、妹と共にお菓子作りを始める。

クリームチーズ、黄卵、砂糖をボウルに入れて泡立て器で混ぜ、その隣で妹が別のボウルに生クリームと砂糖を入れて電動ミキサーで固めにホイップしていく。

そして出来上がったチーズクリームとホイップを混ぜ、コーヒースポンジを作っていく。

(結衣と恋人になったら、色んなところにデートに行きたいな)

結衣はペンギンやカワウソが好きだと話していた。水族館でデートをすれば、「可愛い」とはしゃぐ結衣の顔が見れるのだろう。想像をするだけで、圭の心が癒されてしまう。

「お兄ちゃん、その好きな子のこと考えてたでしょ?変な妄想してたの?」

ニヤニヤしながら妹に見つめられ、圭は真っ赤な顔で「うるさい!次に何すればいいんだ?」と言う。初めて好きな人にお菓子をあげること、そして告白をすることにドキドキしてしまうのだ。
ジップロックにクラッカーを入れ、砕いた後、容器に入れてお湯とインスタントコーヒーをかけていく。

「結衣はあまり苦いのは得意じゃないから、これくらいかな」

「好きな子の好みはバッチリ把握済みなんだね〜」

隣でニヤニヤする妹に無言で圭はチョップを食らわせ、クリームチーズ等をカップに盛り付けていく。その上にココアパウダーと刻んだチョコを乗せれば、ティラミスの出来上がりだ。

「できた!」

初めてのお菓子作りに圭はホッとし、妹は「さすがあたしが一緒に作っただけあるわ!」と言いながら写真を撮っている。

「結衣、喜んでくれるといいな……」

ふと、不安を感じて圭はティラミスを見つめた。おいしくないと言われたらどうしよう、と嫌なことを想像してしまう。

「大丈夫だよ!お兄ちゃん、どんな料理作る時より真剣にやってたじゃない!」

不安になった圭に、妹がニッと笑いかける。その言葉に少し安心した圭は、「ありがとう」と呟いた。






「難しいのは諦めて、もう型にチョコ流すのにしよかな〜」

バレンタインのチョコのレシピを一通り見た後、明は自分には難しいと諦め、型とチョコレートを買いに行くために玄関のドアへと向かう。

明がドアノブに手をかけようとした時、ドアが開いて「ただいま〜」と言いながら会社員の姉が帰ってきた。

「あれ明、どっか出かけるの?」

「スーパー。好きな子にチョコ作って渡そうって話になったんや」

明が学校でのことを話すと、目に鋭い光を宿した姉に「どんなチョコ作るつもり?」と訊かれる。明が素直に話すと、「そんなんで好きな子の心が手に入れられると思ったら、大間違いやからな!」と強い口調が返されてしまった。

「あんた家でもだらしないんやし、どうせその子に面倒見てもらっとるんやろ?そしたら日頃の感謝も込めて、ちょっとは凝ったものを作らな!」

姉の言葉は正解である。明は忘れっぽく、教科書を結衣に見せてもらったり、係の仕事を手伝ってもらったりしているのだ。
「俺に作れそうなの……。そうや!マシュマロにチョコかけるのとかどう?」

「アウトー!」

明が提案すると、姉にお尻を勢いよく叩かれる。ジンジンと痛むお尻を押さえ、「何で叩くん?この馬鹿力!」と明が言うと、姉は「お菓子用意しようって言うんやったら、ちゃんとお菓子の意味も調べな、馬鹿!」と返される。

バレンタインやホワイトデーに渡すお菓子には意味が込められているものがあり、マシュマロは「あなたのことが嫌いです」という意味になってしまうのだそうだ。ちなみに、バレンタインに渡す定番となっているチョコレートには何の意味もないらしい。

「んじゃあ、何を用意したらいいん?」

「ん〜、意味を調べて渡したいもんを見つけたら?」

姉に言われ、明はバレンタインのお菓子の意味を検索して調べていく。知らなかったことばかりで、お菓子を用意するのはこんなにも大変なのだとわかった。そして数十分後、「もっと仲良くなりたい」という意味が込められたマドレーヌを姉と作ることにし、材料を揃える。
薄力粉とベイキングパウダー、そしてココアを全部合わせてふるい、そこに砂糖を混ぜ、卵を入れて素早く泡立て器で混ぜていく。

耐熱容器にバターを入れ、電子レンジで温める。そして、三回ほどに分けて薄力粉などが混ざったものに入れ、生地を型にスプーンで流し入れていく。

お菓子を作っている間、明の頭にあったのは初めて結衣と出会った時のことだ。

関西から急に親の都合で引っ越すことになり、慣れない土地と慣れない標準語に疲れ果ててしまっていた。そんな時に、結衣に「無理して変わる必要はないんじゃない?明くんの関西弁、私は好きだな」と言われたのだ。

それから、明は結衣とたくさん話すようになり、新しい友達も作ることができた。結衣がいなければ、都会の隅で孤独を抱えて生きていたのかもしれない。

(結衣に「ありがとう」って気持ちと、「めっちゃ好きやねん」って気持ちをいっぱい伝えたい)

結衣の小さな手を優しく握りたい。その手が、どんな柔らかさなのかを知りたい。
優しく抱き締めて、唇に触れたい。きっと体は想像以上に華奢で、唇もとても柔らかいものなんだろう。

明が想像していると、「何想像してんねん!」とドン引きしたような目で姉に見られる。

「悪いん?好きな子の想像くらい、姉ちゃんでもするやろ?」

「悪いけど、好きな男なんておらへんからそんなことしてる暇ないわ」

そんなことを話しているうちに、オーブンがチンと音を立て、ココア味のマドレーヌが甘い香りをリビング中に放つ。

「おいしそ〜!俺にもちゃんと作れたなんて、驚きやわ!」

明がはしゃぎながら言うと、「青春、羨ましいなぁ」と姉がどこか遠い目をする。それに気付かないまま、明は不器用なりに頑張ってマドレーヌをラッピングをし、「告白がうまくいきますように!」と願った。







「よし、始めますか!」

エプロンをつけ、服の袖を捲った陸斗の目の前には、必要な材料は全て揃っている。告白戦争がなくても今年もチョコレートを用意するつもりだったのだ。

「この日のために、しっかり練習してきたから、一番おいしいのを食べてもらおう」

去年はザクザクした食感が楽しいクランチチョコを作り、結衣に渡した。料理やお菓子を作るのが陸斗は好きで、この好きなことを活かせてよかったと去年のバレンタインは思ったのだ。

「まさか、男の子から貰えるなんて思ってなかったな。でも嬉しい!」

「海外では、男性から女性にプレゼントをあげるのが多いんだ。だから作ってみた」

「へえ〜、そうなんだね。ありがとう!」

去年のバレンタインの日のことが、陸斗の頭に蘇る。あの時、花が咲いたような笑顔を見て、さらに陸斗の中で恋が育ったのだ。

「今年も喜んでくれるといいなぁ……」

そう呟きながら、鍋に生クリームを入れて温め始める。作ろうとしているのはマカロンだ。
味はチョコレート味だけではなく、バニラと苺、そしてキャラメル味の四種類を作る。カラフルな方が華やかで、結衣に楽しんでもらえると思ったのだ。

「マカロンなんて、あの三人が用意できるはずもないしな。俺の圧勝にしたい」

沸騰直前まで温めた生クリームの中にチョコレートを割って入れ、チョコが溶けるまで混ぜていく。そして、溶かしたチョコをボウルに入れ、粗熱が取れてからラップをし、冷蔵庫で一時間冷やす。

「よし、生地を作らないとね!」

アーモンドプードルや砂糖、ココアパウダーを入れ、別のボウルにふるい入れる。お菓子作りを進めていくたびに、「おいしい!」と笑う結衣の顔が浮かび、緊張してしまう。

(もし告白がうまくいったら、毎日一緒に学校に行きたいな)

結衣と陸斗の家は反対方向だが、恋人ができたら一緒に登下校をしてみたいと思っていた。結衣一人だと変質者に襲われてしまうのでは、という心配が陸斗の中にはあるのだ。