マスターは襟元を緩め、椅子に座った。
「マスター、どうしたんですか? どっか具合悪いですか? 」
「身体は大丈夫。でもここがね・・・」
マスターは胸を押さえた。
「あの・・・私で良ければ聞きますよ。」
「ありがとう・・・聞いてもらおうかな・・・恥ずかしいけど・・・」
マスターはため息をついた。
「実はね、昨日別れた妻がこの店にやってきた。」
「マスター、結婚して別れていたんですか?」
「そう。俺、嫁に浮気されて捨てられたの。」
「・・・」
「そんな元嫁が昨日開店直後に来たんだよ。元気そうね・・・だって。彼女は昔と変わってなかった。もう8年も経っているのに。それで何て言ったと思う? また一緒に暮らさない・・・だって。」
「マスター何て答えたんですか?」
「何言ってるの? ・・・って言ったよ。俺は今幸せだから邪魔するな・・・って言ってやった。」
「それで? 」
「女いるの? ・・・って聞かれた。いないけど悔しいから いるよ!・・・って言ってやった。そしたら ふーん、どんな女か見てみたいって・・・」
「なんだかちょっと怖い・・・」
「もともと我儘な女だから、自分の思うようにならないと駄々をこねるんだ。」
「そんな話をしていたら客が来て、そしたらまた来る・・・って言って帰っていった。」
「どうするんですか? また来たら?」
「追い返すさ・・・」
「でも、今日店休んだじゃないですか? 」
「そうだな。俺・・・余裕が無いのかもな。」
「マスター、まだ彼女のこと好きなんですね。」
「・・・若い時はいい女だった。ちょっと小悪魔的というか、いつも俺は振り回されていた。予測がつかないから楽しくてね。でも遊ばれていただけだったってこと。」
「マスター・・・」
「ごめんね、真奈美ちゃんに変な話聞かせちゃった。」
「いえ、マスターのこと何も知らなかったからちょっとびっくりしたけど、でも話してくれてうれしかったです。」
「うれしい? 僕のこと知るのが? 」
「はい。」
「真奈美ちゃんってほんとうにいい子だよね。」
「いつも私のこと助けてくれるから、マスターのこと助けてあげたいです。」
「ありがとう。うれしいよ。」
「もし、困ったら呼び出してください。私マスターの彼女役でも何でもしますよ。少し大人っぽくして現れますから。」
「フフフ、ありがとう。そうならないようにしたいけどね。」
マスターは少し吹っ切れたのかその後お店を開けた。
その日は何事もおこらなかった。