「お待たせ、松野君。どうした、の……?」
 すみれがドアの所へ行くと、松野の後ろに昨日の女子生徒……こと橋本が立っていた。それをみて、すみれは目を丸くさせる。
「あ、橋本さん! よかった、学校に来られたんだね!」
 すみれがそういうと、橋本は笑顔で「はい」と答える。
「すみません、どうしても直接お話がしたくて……松野先輩に連れてきてもらったんです。南雲先輩のおかげで、なんとか立ち直れました。本当にありがとうございます!」
「ううん、私なんて何もしてないし……でも、今日休んじゃうんじゃないかって心配していたらか、本当によかった!」
 橋本に対して笑顔で話すすみれ。すると、橋本も満面の笑みを見せた。
「本当に、ありがとうございました!」
 ぺこりと頭を下げる橋本。その後松野に「もういいか?」と言われて頷くと、彼の指示で一足先にグラウンドへと向かっていった。
「よかった、橋本さん、元気そうで」
 安堵の息と共に話すすみれ。すると、松野が「あのさ」と話しかけてきた。
「その……色々と、ごめん……」
 松野の反応に、瞳を瞬かせるすみれ。
「橋本の事と言い、羽田野の事と言い……南雲には迷惑かけっぱなしで……」
 松野が俯きながら話す。すると、すみれは笑顔になった。
「なぁんだ、そんな事?」
 あっけらかんと言ってみせるすみれに、松野は異議ありと言わんばかりの顔で彼女を見上げた。
「”そんな事”じゃねぇよ! あんなに暴吐かれたんだぞ!?」
「まぁね。でも、今回は想定内だったし。それよりも、どうしてそれを松野君が謝るの?」
 すみれの質問に、松野はまた俯いた。
「……羽田野の奴、俺と少しでも絡みのある女子にちょっかいをかけているのは、薄々気がついていたんだ……だから、どうにかしなきゃって思っていたんだけど、結局、何もできなかったし……あげく、後輩まで巻き込んじまって……」
 悔しそうに、ぽつりぽつりと話す松野。
「……でも、今回、南雲がはっきりと言ってくれて助かった……ありがとう……」
 小さい声でのお礼。そのお礼を聞いたすみれは、更に笑顔になった。
「うん! どちらかっていうと、そっちの方が嬉しいかな!」
 そして、先ほどよりも明るいすみれの声。松野は驚いたように顔を上げた。
「まぁ、明日以降どうなるかは様子を見ないと分からないけど……少しでも松野君の助けになれたのなら、私はそれだけで嬉しいよ」
 屈託のないすみれの笑顔。そのまぶしさに、松野の胸が高鳴った。
「……あ、あのさ、南雲」
 ふと、松野が真剣な顔ですみれに話を切りだす。その頬が赤いのは気のせいだろうか。
「ん?」
「その、今回のお礼がしたいから……このあ――」
「すみれー!」
 松野の声を遮って、二人分の荷物を持った悠貴が現れた。その瞬間、松野の肩がビクッと上下する。
「あ、悠貴。どうしたの?」
「そろそろ行かないと、時間的に大丈夫かって――あ、ごめん、まだお話中だった?」
 わざとらしく笑顔で答える悠貴。一方のすみれは、自身の腕時計を見た。
「あ、本当だ。そろそろ行かないと委員会が……あ、ごめんね、松野君」
 すみれは時計を見た後、気がついたように松野の方を見る。
「それで、何だっけ? えっと、お礼が何とか~って言っていたよね?」
「あ、ああ……」
 すみれに促されて続きを言おうかと思った松野だったが、すみれのすぐ隣にいる悠貴の表情を見て言葉を飲んだ。何故なら、笑顔でこそいるものの、彼から冷たい視線を――視線越しに”コイツ(すみれ)に手を出すなよ”と言われているように――感じたからだ。
「別にお礼なんていいよ? そんな大したことしてないし」
「そ、そっか……その、悪かった、引き留めて」
 黙り込む松野に気を利かせてすみれが口を開くと、松野はそれだけ言って一歩引き下がった。
「それじゃ、また……」
「うん、またね」
「なんかごめんな、松野君。また明日」
 すみれと悠貴はそういうと、「行くぞ」と悠貴の一言で歩き出した。
「ほら、すみれの荷物」
「おわっ、ありがとう! そういえば六花達は?」
「國松なら、副島と先に行くって……」
 呆然と二人の背中を見送る松野。すると、その肩に誰かが抱きついてきた。
「まっつん!」
「うおっ!? の、乗山かよ……」
 片腕で松野の肩に抱きついてきたのは、クラスメイトのお調子者、乗山だ。そこまで親しい間柄ではないのだが……と松野が思っていると、乗山が笑顔のまま続けた。
「いやぁ、お前も仲間かって思ってさ」
「は? 仲間?」
「そっ。すみぽよの事で」
 乗山の最後の一言に、松野は思わず彼を見る。それを見て、乗山は「やっぱりか」と言わんばかりにウィンクしてみせた。
「俺もさ、想ったことはあるんだよね。すみぽよ、いいなぁって。でも……」
 乗山はそういうと、歩いて行くすみれと悠貴の背中を見ながら続けた。
「すみぽよ委員長には、三笠生徒会長っていう超すげぇ相方がいるから……俺は諦めたな」
 どこか切ない顔で言う乗山の話を、「ふぅん」と聞く松野。
「……なら、俺は諦めない」
「へ?」
「別に、まだあの二人が付き合っているって訳じゃないんだろう? なら、俺は諦めないさ」
 松野はそういうと、乗山の腕を払ってすみれ達とは反対方向に歩き出した。乗山は、最初こそ呆然と見送っていたが……
「……成程ね。それじゃ俺も、もう少し足掻いてみてもいいかなぁ……」
 と、意味深長に呟いていた。



~おまけ~
「そういえば悠貴」
「ん? 何? すみれ」
「羽田野さんにさ、何か耳打ちしていなかった?」
 生徒会長室へ向かう途中、不意にすみれに尋ねられて悠貴はドキッとした。すみれの言うとおり、確かに羽田野へ耳打ちをしたのだが……
(……あんな事、すみれに言えないしなぁ……)
 と頭を抱えた。何故なら、悠貴は羽田野にこう耳打ちしたからだ。

――「次、こんな事をしたり、ましてやすみれに手をだそうとすれば……分かっているよな?」――

 と、半ば脅し気味に。それを聞いて羽田野は教室を飛び出していったのも、よく覚えている。
(ちょいと家(ヤクザ)の効果を発揮しちゃったし、あんな事口が裂けてもすみれには言えないけど……うーん……)
 悠貴は少し間を開けてから答えた。
「まぁ……そんな大したことは言ってないよ」
「……本当?」
 どこか疑惑の眼差しを向けてくるすみれ。悠貴は「本当」と頷いた。
「簡単に言うと、釘を刺しておいただけだよ」
「釘?」
「そう。また、同じような事をしないようにね」
 悠貴がそう説明すると、納得したのか「そっか」と引き下がったすみれ。悠貴は心の中で、安堵の息をついた。