翌日。
「本当、アンタって男受けするような格好が好きだよね~」
「なっ?!」
「あたし、そんな格好マジ無理~。つーか、化粧もすっごい濃くて……頑張ってるよねぇ」
「ねぇちょっと――」
「あ、怒った? ごめんごめん、あたし、サバサバしているから。それじゃ」

「え、何そのリボン? 可愛いと思ってんの? めっちゃフリフリしてて、超くどいんだけどー」
「えっ……?」
「よくそんなリボン、つけてこられたよねぇ。あ、アレ? 男受け狙ってんの? そっか~、ちょっとでも見た目良くして、男によく見られたいんだぁ。超女々しい~」
「ねぇ羽田野さん。ちょっと言い過ぎじゃ――」
「え~? あたし、こういうサバサバした性格だから、思ったこと全部言っちゃうんだよね~」

「うっわ、トロwww何それ、もっとテキパキ運べないわけ?」
「だ、だって……」
「あ、もしかして、私か弱いんですアピール? 男子に構って貰いたいんだ?」
「ちが、そうじゃ……」
「かまちょって奴でしょ? アンタは男受けするかもって思っているかもしんないけど、教えてあげる。そういうの、男子から見たらただの”面倒くさい女”だから」
「ひ、ひどい……!」
「あはは、ごめんね、ズバズバ言っちゃって。あたし、サバサバしてるから~」

 次の日も、またその次の日も、すみれの観察は続いた。
 ここ2、3日、意識して注意深く羽田野の動向を観察していたすみれ。

「ねぇ松野~。さっきの英語のノート見せてよ~」
「はぁ? お前また寝てたのかよ」
「だってしょーがねーじゃん。寝ちゃったんだもん」
「お前なぁ……」

「お、松野~! 一緒に化学室行こうぜ~!」
「おう、いいぜ。でも次の授業はちゃんと自力でノートとれよ」
「んー……まぁ、頑張るわ~」
「……頑張る気ねぇだろ、お前……」

「松野、さっきの女子、知り合い?」
「ん? ああ。部活のマネージャー」
「へぇ……」
「アイツ、結構いい子なんだぜ。すっげー気が利いてさ」
「……そうなんだ。二年生?」
「ん? そうだよ」
「ふぅん……」

 ここ2、3日、羽田野の動向を観察していたすみれは、ある事に気がついた。そして、それを確かめるべく、この日の放課後は二年の教室付近をうろうろしていた。
「えーっと、橋本さん、橋本さん……」
 橋本、というのは、二年生にしてサッカー部のマネージャーだ。橋本のクラスを聞き出したすみれは、その教室に彼女がいないか確認しに行こうと向かっていたのだが……
「えーっと、この並びの教室――」
 ドンッ
「おわっ!」「きゃっ!」
 廊下の曲がり角を曲がろうとして、すみれは誰かとぶつかった。そのままお互いに尻餅をつく。
「いつつつ……あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」
 すみれは打ち付けたお尻をさすっていたが、途中で我に返って相手を見る。相手はジャージを着た女子生徒だった。ジャージの色からして、二年生だということが分かった。
「ごめんね! 大丈夫?」
 すみれはそう言って立ち上がり、相手に手を差し伸べる。すると、相手もこちらの顔を見上げ――その瞬間、すみれはハッとなった。何故なら、相手は瞳から涙をぽろぽろこぼしていたからだ。
「ご、ごめんなさい! 変な所打っちゃった!? 大丈夫!? 立ち上がれそう!?」
「あ、いや、これは、その……」
「本当にごめんね! 急いで保健室に――」
「だ、大丈夫です!」
 慌てふためくすみれを、大きな声で止める女子生徒。
「で、でも――」
「これは、その……ぶつかったのは関係ないので……」
 そういって俯く女子生徒。その時、ジャージの名札に「橋本」と書いてあるのを見つけた。
「もしかして貴女、サッカー部マネージャーの橋本さん?」
 すみれが、ほぼ反射で尋ねる。すると、女子生徒は驚いたように顔を上げた。
「あ、はい、そうですけど……」
「あ、ごめんね、急に。私は南雲すみれ。風紀委員なんだ」
 すみれが穏やかな笑顔で名乗り、手を差し出す。すると、女子生徒こと橋本は、差し出された手とすみれの顔を交互に見比べた。
「ちょうど貴女を探していたの。よかったら一緒に、風紀委員室に来てくれないかな?」
「え……?」
「大丈夫。お説教や取り締まりじゃないから。貴女に聞きたいことがあって、協力して貰いたいんだけど……」



 そうすみれに言われて、橋本は彼女と一緒に風紀委員室へとやってきた。部屋の中にはすみれと六花、そして二年風紀委員の書記担当の女子の4人がいる。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「い、いえ……」
「どう? 少しは落ち着いた?」
「はい……」
 すみれの質問に答えるものの、声のトーンは暗いままで。すみれは質問を切り出すか悩んだが、思い切って切り出すことにした。
「聞きたいんだけど……もしかしてさっき、三年生の女子と喋ってた?」
 すみれが聞くと、橋本は少し間を置いてから頷いた。
「その三年の女子の人、”あたし、サバサバしているから~”みたいなこと、言っていなかった?」
 この質問に、橋本は驚いたように顔を上げた。そして、またすぐに俯くと小さく頷く。
「……部活に行ったんですけど、忘れ物を取りに教室に戻ったんです。そしたら見知らぬ先輩がいて……」
 ゆっくりと、話し出した橋本。すみれも六花も二年の書記担当も、黙って話を聞いていた。
「”キャプテンに良い子だって言われているから、どんな子かと思ったら、こんな地味でブスだったとは”って、いきなり言われて。それで、何も言えずにいたら、”あたし、サバサバしている性格だから、教えてあげる”って言って、こう言ったんです。”キャプテンに良い子って言われて、自惚れないでちょうだい。アンタみたいな地味子、松野の……キャプテンの眼中になんて無いんだからね、わきまえなさいよ”って……」
 橋本の口から出てきた、羽田野と思われる人物の悪口の数々。六花と書記担当は絶句した。
「そっか……ごめんね、辛いこと、思い出させちゃって」
 一方のすみれは、優しい声で橋本にそういって、彼女の背中を優しくさする。すると、橋本は声を上げて泣き出した。



 ……あれからしばらくして。
 橋本は少し泣いたら落ちついたようで、その後少しだけすみれ達と雑談をした後、「すみませんでした」と言って部活に戻っていった。
「……もうこれは、許されない所まできておりますわよ、お姉様」
「うん、そうだね……」
 神妙な顔で向かい合う六花とすみれ。するとそこに、誰かが扉を開けて入ってきた。
「お邪魔しまーす」
「あ、悠貴! 副島君も!」
 入ってきたのは悠貴と副島。二人は中に入ると、悠貴はすみれの隣に、副島は六花の隣に座った。
「どうしたの?」
「ん? 自称サバサバ系女子の件で、ちょっとね」
 すみれはそういうと、溜め息をついた。すると、悠貴の表情が曇る。
「……また何かあったの?」
「何かあったっちゃ、あったんだけど……」
 すみはそういうと、意味深長に言葉を切った。そして、しばらく黙り込む。
「……お姉様?」
 不安そうに六花が声をかける。すると、すみれは「うん、ごめんね」と言うと、真剣な面持ちになった。
「結論から言いますと、明日、ちょっと仕掛けてみようかなと思いまして」
 これまた色々と濁して話すすみれ。悠貴と六花は「えっ」と声を上げた。
「何をするつもりなの?」
「ただ単に、羽田野さんの毒牙の矛先を私に向けるだけ。だから、悠貴達を巻き込むつもりはないよ?」
 悠貴の質問に笑顔で答えるすみれ。しかし、悠貴の表情は晴れなかった。
「それってつまり、今後、羽田野さんの自称サバサバ系女子発言を、すみれだけに向かうように仕向けるって事? それで被害を最小限に抑えようとするつもりなんじゃ――」
「まぁまぁ落ち着いて、そうじゃないから」
 今にも立ち上がりそうな勢いで言う悠貴を、すみれが両手で「まあまあ」と抑える。
「ここ数日間、羽田野の動向を注意深く観察していて、気がついたんだ……それで明日、決着をつけようと思って。その為にも、羽田野さんの毒牙の矛先を私に仕向けないといけないの」
 そして、真剣な眼差しで言うすみれ。その真剣さに、悠貴は「わかった」と重々しく頷いた。
「深くは介入しないよ……だけど、無茶だけはしないでよね!」
「んー、大丈夫だよ! ……多分」
「おい、最後の”多分”って何だよ、”多分”って!」
「まあまあ、細かいことは気にしない、気にしない」
 すみれはそう言ってへらっと笑う。そんなすみれの笑顔に悠貴は一抹の不安をおぼえながらも、彼女を信じようと、心に決めた。



 そして迎えた翌日。
 すみれは、いつもより早めに登校していた。教室には六花と悠貴、副島も既に来ていた。他にも松野やその友達、他のクラスメイトもちらほらと登校していた。
 すみれが動いたのは、羽田野が登校してきたときだった。いつもの時間に登校してきた羽田野が、鞄を机において授業の準備をしている時、すみれはふと松野の席に向かった。
「おはよう、松野君」
「あっ……おはよう」
 すみれに声をかけられて、松野は少し驚いたように彼女を見上げる。しかし、すみれは気にせず話を続けた。
「あのさ……って、あれ? 松野君、髪色変えた?」
 何か話を切り出そうとしたが、何故かすみれの目に松野の髪がとまったらしく、首を傾げながら尋ねた。すると、松野は「ああ」と言って毛先を指でつまんだ。
「服装チェックの時に、言われたからさ……黒に戻したんだ」
「あ、そうだったんだ。なんかちょっと嬉しいかも」
「……そうなの?」
「うん。なんというか、不良を更生させた感じって言ったら大袈裟だけど……それに近い感じかな」
 すみれの話に、松野は「ふぅん」とどこか苦そうな顔を見せた。
「あ、別に松野君が不良って言いたいわけじゃないよ? 物の例えって奴で」
「……まぁ、そういうことにしておく」
「ちょ、酷いなぁ。信じてよー!」
 困ったように笑うすみれ。すると、松野がふっと小さく笑った。
「でも、松野君、黒髪も似合っているって言うか……黒髪の方が似合うね」
「え?」
 そして、すみれからまた唐突に言われた一言に、今度は目を丸くさせる松野。しかし、すぐに視線を横に投げてそっぽを向いた。
「べ、別に、んな事……」
「何というか、好青年っていうか……こう、爽やかさが増した感じっていうのかな。前の髪色も似合っていたけど、個人的には黒髪の方が雰囲気的に似合っている気がするな」
 次々と出てくるすみれの言葉に、松野は「ふぅん」とそっぽを向いたまま呟く。その耳が赤くなっていることに、すみれも松野自身も気がついておらず。
「そ、それより、俺に何か用があったんじゃないの?」
 ゴホンと咳払いをして話題を変えた松野。すると、すみれが「あ、そうだ!」とポンッと手を打った。
「そうそう、本題忘れてた! あのさ、今日の放課後、サッカー部の練習ってあるの?」
 すみれからの質問に、松野は拍子抜けした顔をして彼女を見上げた。
「……まあ、あるけど……」
「そっか、良かった! 今日ちょっと、サッカー部に行きたかったからさ。もしやっていなかったらどうしようって思って」
 すみれはそこまで一息に言うと、最後に「それじゃ、ありがとう」と付け加えて自分の席に戻った。松野はそんなすみれをぽかんとした顔で見送ったが、すぐに真剣な顔になって机を見つめるように俯いた。
「……ちょっと松野。お前、朝から何イチャついてんの?」
 すると、正面から声がかかる。松野が顔を上げると、羽田野がいた。
「あ、お前か」
「ちょ、酷くない? 南雲さんにはあんなに優しく接してたのに」
「は? お前に優しく接する意味とかあんのかよ」
「本当に酷いなぁ。てか、イチャついてんのは否定しないのかよ~」
「……」
 羽田野が冗談で、からかったつもりでいった言葉に、何故か無言で俯く松野。
「え? 何? マジなの? マジで南雲さんとそういう――」
「違ぇよ! そんなんじゃねぇって!」
 羽田野の言葉に、顔を赤くしてムキになる松野。そして、そのままぷいっとそっぽを向いてしまった。故に松野は気がつかなかった。そっぽを向いた後の羽田野が、これ以上にないくらい悔しそうな顔をしていたことに。
(……さて、いつ反撃してくるかな)
 一方、席に戻ったすみれは、一人でスマホをいじっていた。本当は悠貴や六花達と話したいのだが、羽田野に声をかけてもらいやすくするため、あえて一人で座っていた。
 ……しかし、朝はその後、特に羽田野からの動きは何もなかった。



 ……事が動き出したのは、放課後になってからだった。ホームルームを終えて先生が教室からいなくなった時、すみれが一人で荷物を鞄に詰めているところに羽田野がやってきた。
「ちょっと南雲さん」
「あ、羽田野さん。どうしたの?」
 至極不機嫌、というオーラですみれの前に仁王立ちしている羽田野。しかし、すみれは意に介さず、といわんばかりに笑顔のままで。
「南雲さんってさ、風紀委員長やっているくらいだから、まだマトモな方だと思っていたんだけど……結構な男たらしだったんだね」
 そして始まった羽田野の毒牙。すみれは真顔で話を聞き続けた。
「……それは、どういう意味?」
「は? どういう意味も何も、そのまんまでしょ? 普段から妙に生徒会長や副会長と仲良くしているクセに、今日は他の男子に声かけちゃって……何? ”私モテますよ”アピールでもしたいわけ?」
 づけづけと言い放たれる羽田野の言葉。少し離れた場所では、悠貴と副島、そして六花がさりげなく様子を伺っていた。
「ねぇ、普段からさ、風紀委員での服装チェックを口実に色んな男子に声かけ回ってんでしょ? 見かけによらず、あざといわねぇ」
 羽田野の話に、すみれは何も言わない。すると、羽田野は更に続けた。
「あ、それとも、会長はキープ的な? とりあえず手頃で良さげだから仲良くしているけど、裏では色んな男に声かけて遊んでいるんでしょ? 本当、あざといっていうか、ゲスいっていうか」
「……」
「……で、なんでずっと黙ってんのよ。それは無言の肯定って意味なの?」
 羽田野が苛立たしげにすみれを睨む。すると、すみれは立ち上がり、羽田野に向き直った。
「言いたいことはそれだけ?」
「……は?」
「だから、私に言いたいことはそれだけですか? って聞いたんですよ」
 予想外のすみれの言葉に、羽田野は固まった。しかし、すみれは無表情のまま続けた。
「確かに、世の中には言いづらいけれども言わなくちゃいけない事、あると思いますよ。だけど、そういうのって、何事にも限度っていうのがあると思うんだよね」
「な、何よ急に……!」
「それでね? 聞きたいんだけどさ……サバサバしている性格なら、何を言っても許されるの? 羽田野さん」
 名指しされ、まっすぐすみれに見つめられ、羽田野は凍り付く。
「……ゆ、許される、とかじゃなくて。あたしはそういう性格だから、言っちゃうの! つい口から出ちゃうの!」
「それじゃあ、そういう性格だったら、例え人を傷つけ、泣かせてもいいってこと?」
「だ、だから……!!」
「そういう性格だったら、少しでも気に入らない女子はズタボロに暴言を吐いてもいい。それが例え、同級生だろうが後輩だろうが……そういう認識でいいんだね?」
「そ、そういう言う意味じゃ……」
 すみれに言い返せず、たじろぐ羽田野。
「……ねぇ、羽田野さん。もう一つ聞きたいんだけどさ」
 一呼吸置いて、すみれが尋ねる。
「昨日の放課後、二年生の教室にいたよね?」
「……いたけど、それが?」
「そして、二年生の女子と話してなかった?」
「話したけど。それが何?」
 羽田野の返事を聞いて、すみれは「そうだよね」とにっこり笑った。
「実は昨日ね、目撃したんだ。羽田野さんが二年生の女子と話している所を」
「えっ……」
 すみれの発言で、羽田野の顔色が変わった。
「確か、橋本って名前だったかなぁ」
「そ、そいつがどうしたって言うのよ。あたしが何かしたって――」
「”あんた、キャプテンに良い子だって言われているから、どんな子かと思ったら、こんな地味でブスだったとは”」
「!!」
 さらりとすみれの口から出てきたのは、昨日、すみれが橋本から聞き出した台詞にして……羽田野が橋本に言い放ったであろう暴言だ。
「”あたし、サバサバしている性格だから、教えてあげる”って言って、他にも言っていたよね? 確か――」
「あー! それ以上言うな!!」
 すみれの発言を止めるために、大声をあげる羽田野。
「大体! それが何だって言うのよ! それが今の話と――」
「羽田野さんのその話――いや、その暴言で、彼女、泣いていたんだよ」
 冷たい声色で言い放つすみれ。
「し、知らないわよそんなの! 大体あたしは、親切に本当の事を言ってやっただけで! 泣いたのはその女の勝手でしょ!? あたしを巻き込まないで!」
 すると、ヒステリックに叫び出した羽田野。それを見ていた周囲の生徒達が、ヒソヒソと話し出した。
「ねぇ、今の聞いた?」「アイツ、後輩泣かせてんのかよ」「てかさ、羽田野さんってサバサバしているとか言ってるけど、あれって単なる悪口だよね」「悪口っていうか、暴言だよな、あそこまでくると」「いや、暴言の中に妄言も入っていると思うよ」
 ヒソヒソと飛び交う羽田野の評判。そんな周囲の冷ややかな反応に、羽田野は狼狽えた。
「ちょ、な、なによ、皆して――――!」
 そんな時だった。ふと、松野がやってきた。
「おい、今の話――」
「あ、松野!!」
 まるで救世主の登場といわんばかりに、松野にすがりつく羽田野。
「ちょっと聞いてよ! あたし、言われもないことで悪人扱いされてんだけ――」
「今の話、本当なのかよ」
「……は?」
 羽田野の声は松野に届いていないのか、彼女の言葉に耳を貸すこともなく尋ねてきた松野。その瞳が冷たさを帯びていたのは、離れたところにいるすみれからも見て取れた。
「ま、松野……?」
「だから、今の南雲の話、本当なのかって聞いてんだよ」
「だ、だから、何のこと? そうじゃなくて今、あたし、悪人扱いされてんの、助けてよ……!」
 都合の悪い話をあえてそらして、松野にすがりつく羽田野。しかし、その作戦は松野に通じなかった。
「南雲。今の話って……」
 そういってすみれを見る松野の目は、真実を知りたがってる瞳だった。すみれは重々しく頷いた。
「昨日私が目撃して話をした女子は……二年生で、サッカー部マネージャーの橋本さんだよ」
 決定的な言葉を語るすみれ。すると、羽田野は松野に更に強くしがみついた。
「違う! 違うんだって! あれはあたしのせいじゃないの! ねぇ、信じてよ松野! 友達でしょ!?」
 切羽詰まった声で松野に訴える羽田野。しかし、松野はそんな羽田野を突き飛ばした。
「いっ……!」
「お前、自分が何をしたか分かってんのか?」
 そして聞こえてきたのは、静かな中に怒りを含ませた松野の声。
「昨日、橋本が中々来なかったから、サッカー部の皆で心配していたんだよ……んで、やっときたと思ったら、目を真っ赤に腫れさせてきて……本人は”大丈夫だ”の一点張りだったから無理矢理は聞かなかったけど……!」
 そこで松野は言葉を切った。いや、感情が強く込み上げてきて、自制するためにあえて黙ったのだろう。
「な、何をマジになってんの? あたしたち、友達じゃ――」
「俺はお前のこと、一度たりとも友達だなんて思ったことねぇよ」
「っ! ウソだ! 毎日あんなに喋っていたし、あんなに仲良く――」
「そっちから勝手につるんで来ていただけだろう。俺達からお前につるんだ事なんて、今まで一回もねぇし」
 なおも取り繕うとする羽田野を、ばっさりと切り捨てる松野。すると、羽田野はそれ以上何も言わず、ただ黙って拳をぎゅっと握りしめていた。
「……分かって貰えたかな、羽田野さん」
 すみれがそっと羽田野に近づき、尋ねる。すると、羽田野はすみれをキッと睨み付けた。
「全部あんたのせいよ! このアバズレが!!」
 羽田野はそういうと、右手をすみれめがけて振り上げた。
「なっ……!」
「危ない!」
 松野が叫ぶ。しかし、すみれも咄嗟のことで動けない。
「あたしの人生、めちゃくちゃにしやがって!!」
 そう叫んで、羽田野の手がすみれの顔面めがけて振り下ろされた。すみれは反射的に目を閉じて、次に来る衝撃に耐えようと構えたが……
「……?」
 いつまでたってもこない衝撃を不思議に思い、恐る恐る目を開ける。すると、羽田野の振り上げられた手が、彼女の背後にいる悠貴によって掴まれていた。
「……それはちょっとやりすぎかな、羽田野さん」
 にこっと、笑顔で羽田野をたしなめる悠貴。羽田野は目を丸くさせて悠貴を見ていた。
「な、いつの、間に……」
「申し訳ないけれども、すみれに手を上げるって言うなら、容赦しないよ?」
 笑顔のまま、しかしどこかに殺気を漂わせて言う悠貴。すると、羽田野は悔しそうに顔を歪めた。
「何よ、どいつもこいつも……!」
「それでも、すみれが言ったことは紛れもない事実。それに、他の人たちも言っていたね、羽田野さんの暴言については」
「っ……!」
 悠貴に何も言い返せず、口をつぐむ羽田野。
「それでもなお、貴方は”自分は悪くない”と、言い張るのかな?」
「……分かったわよ」
 羽田野はそういうと、悠貴の手を振り払おうと力を込めた。しかし、何をやっても悠貴の手が離れない。
「ちょっと離して! もういいでしょ!?」
「どうして?」
「あんた達の言い分は分かったって言ってんの!! だからさっさと――」
「だったらさ」
 わめく羽田野の手を掴んだまま、悠貴は彼女の真正面に回った。羽田野は悠貴を睨み付けていたが……
「ひっ――」
「その前に、何か言うことがあるよね?」
 何故か悠貴の顔を見て、青い顔になった羽田野。残念ながらすみれから悠貴の表情は見えないので、何が起っているのか想像するしかなかった。
「あ、あの……えと、その……」
 ガクガクと震えだす羽田野。本当に何が起っているんだと、すみれがハラハラして見ていると……
「まずは、直近の被害者であるすみれに謝罪をお願いしようかな」
 そういって、すみれの方に笑顔で振り返った悠貴。彼の笑顔を見て、すみれは「なんだ、いつもの悠貴じゃないか」と少し安心する。
「あ、でも、私は大丈夫だよ! それよりも、今まで被害に遭ってきた他の人たちにこそ謝って欲しいかな」
 すみれがそういうと、悠貴は羽田野の方にまた振り向く。
「だって、羽田野さん」
 悠貴がそういうと、羽田野は何故か涙目になっており。
「す、すみませんでしたぁ!!!」
 半ば泣き叫ぶような形で謝った。何故、彼女はあんなにも怯えているのだろうか……とすみれは思ったが、まあこれで一件落着かな、と思い、「もうしないでね」とだけ返した。
「だって。よかったね、羽田野さん」
「は、はいぃぃ!!」
 悠貴の声に、これまた半ば泣き叫ぶような声で返事をする羽田野。すみれが不思議に思っていると、不意に誰かに肩をつつかれた。振り返ると、そこには副島がいて。
「ご安心を。彼女はもう解放されますので」
「え? あ、うん」
「それより、松野さんが南雲さんにお話があるそうですよ」
 副島はそういうと、教室のドアを指さす。すると、そこには松野が立っていた。
「ありがとう、副島君。ちょっと行ってくるね」
 すみれは副島にそういうと、松野の所へ向かう。その途中、視界の隅で悠貴が羽田野に何か耳打ちをしているのが映った。