クロコにとっての素敵な時間は、他の人から見ればごく平凡なものだった。
例えば一緒に映画を見に行って、どれを見るかお互いの意見を言って、チケットを買う。
映画が始まる前にポップコーンと飲み物を買って席につき、始まるまでに少しおしゃべりをする。
ごく当たり前のことかもしれない。でもクロコにはそうしてくれる人はいなかった。だから素敵だった。とてもとても素敵な時間だった。

でもクロコは絶対アツシに奢らせなかった。チケットも飲み物も、全て自分で払った。
アツシは不思議そうに言った。
「大した金額じゃないんだし、それくらい俺が出すのに。」と。
そして頑なに拒否するクロコに、
「こんなこと初めてだよ。男がお金を出すのは当たり前だと思ってたし、今まで付き合った子はみんな奢らせてたから。」と。
そしてクロコに聞いてきた。
「なんでそんなに断るの?」と。
クロコは静かに言った。
「だってアツシも私も働いてるから。お互いにちゃんと仕事をしてるのに私だけ出さないのはなんか嫌なの。」