だから、『私が来たよっていう証を部屋に残したい』と言われたとき、断ったんだ。


いつか離れていく人を思い出すような物を置いたって仕方ない。


……なのに、なんで……。


俺は、漏れそうになる困惑を慣れない笑みで殺した。



その日から光莉のいない毎日が始まった。


新しい日常が来るわけじゃない。

光莉と出会う前の生活に戻すだけ。


気ままにバイクを走らせて、たまにバイトへ行って、あとは適当に家で過ごす。


初めからなかったものだと思えば簡単に戻せる。

生活リズムはすぐに戻った。


だけど、心だけが戻ってこない。



ちゃんと手放した。


物も匂いも残っていない。

痕跡だってない。


なのに、あいつとの思い出がそこら中に転がっている。

この家にいたという記憶がしっかり残っている。