「え?」
 不意に、魁吏が絢ちゃんの名前を呟く。
 多分、魁吏もそのワードを発言した自覚はないと思う。
 本当に思ったことが衝撃的すぎて勝手に少しだけこぼれたもの。
 現に、魁吏の声を聞きとれたのは僕だけだ。
 魁吏の視線を辿る(たどる)とそこにいたのは、絢ちゃんらしき人物とあまり見慣れない女子生徒、そしてガラの悪い数人の男。
 結構な距離があるから顔までははっきりと見えなかったけど、多分あの子が十朱椿さん。
 「チッ、あのバカ・・・。何やってんだよ」
 2人は男に絡まれている様子だ。
 絢ちゃんは男のうちの1人に腕を掴まれている。
 恐らく、行き過ぎたナンパだろう。
 不機嫌そうに呟いた魁吏は、止めに入ろうと一歩踏み出して・・・。
 「あっ、黒江くんどこいくの~!?」
 「一緒に遊びに行こうよ~」
 ・・・当然のように、女の子の集団に阻まれた(はばまれた)
 背中を向けてることもあってか、絢ちゃんたちのことが完全に見えてない彼女らは魁吏が逃走しようとしていると勘違いしている。
 「おい、邪魔だ」
 「そんなこと言わないでよ~」
 「ねね、あっちの大通りのほうに行こ!」
 「魁吏のお願い、なんでも聞いてあげるからさ~。私たちのお願いも聞いてくれてもいいじゃん」
 「んなら、今すぐここから消えろ」
 「ええ~」
 この子たちも、だいぶ粘るな・・・!
 校外学習だからか、女の子はいつもよりしつこい。
 僕たち2人と外で一緒に遊べる機会なんて滅多にない、というか全くないから彼女たちもこのチャンスをものにしようと必死だ。
 その頑張りが、今の僕たちには一番不必要で邪魔なストッパーとなっている。
 魁吏の焦る気持ちがわかるから、僕も今だけは魁吏の口の悪さを窘め(たしなめ)ない。
 こんなことをしている暇はない。
 こんなことをしている間にも、絢ちゃんたちは困っている。
 そう思って、視線を女の子達から逸らしもう一度顔を上げて絢ちゃんたちを見たとき・・・。
 「え・・・・・・?」
 「は・・・・・・?」
 僕は、信じられない光景を目の当たりにした。
 衝撃が大きすぎて、脳の処理が追いつかない。
 魁吏も同じものを見ていたようで、女の子にもまれながらピシッと固まっている。
 今・・・何が起こった?
 十朱さんらしき子が足を綺麗にあげて。
 その舞のような蹴りが絢ちゃんの腕を掴んでた男の顎に見事ヒットして。