桃瀬の普段の見た目とは全く違う素顔に動揺しただけで、惚れたとかそういうのでは絶対ない。
 ・・・何、必死になって考えてるんだよ俺は。
 「あー・・・クソ・・・」
 しゃがみこんで、頭をガシガシと掻いた(かいた)

 「入るぞ」
 無断で部屋に入るのはさすがに気が引けて、桃瀬の部屋の前で中の桃瀬に声をかける。
 「・・・・・・」
 返事は返ってこない。
 寝てるのか?
 静かに、ドアノブを回して部屋の中に入る。
 「すぅ・・・すぅ・・・」
 桃瀬は、ベッドの上で寝ていた。
 昨日荷ほどきをしたばかりなのか、部屋の隅に空っぽのダンボールが積まれている。
 寝顔をのぞきこむ。
 熱のせいか、顔は赤く火照り(ほてり)額には汗もにじんでいる。
 先ほど絞ったばかりの、まだ冷たいタオルを四角く折りたたんで桃瀬のおでこに乗せる。
 「ん・・・黒江、さん・・・?」
 その拍子に、桃瀬がうっすらと目を開いた。
 「冷たくて、気持ちいい・・・」
 ふにゃ、と桃瀬の表情が緩んだ。
 眼鏡をはずした顔でされたその表情は、破壊力がすごい。
 「っ、なんて顔してんだよ・・・」
 ボソ、とつぶやく。
 自分の部屋に入っている男に見せていい顔じゃないだろ。
 俺は絶対ないが、万が一にも襲われたりしたらどうするんだ。
 警戒心がなさすぎる。
 「なんて顔って、どういうことですか・・・」
 独り言のつもりが、部屋が静かなせいで運悪く桃瀬の耳に届いてしまった。
 「そりゃ、私は黒江さん、に比べたら地味でブスですけど・・・いくらなんでも、病人にそんな、ことを言うなんて、酷いと思わないん、ですか・・・」
 熱で苦しそうなのに、桃瀬は反論してくる。
 しかも、俺の言葉の意味をこいつははき違えている。
 「黒江、さん・・・。聞いて、るんですか?」
 「・・・無自覚なのかよ」
 「無自覚・・・?何に、ですか?」
 桃瀬のその言葉には答えず、立ち上がる。
 「・・・早く、治せよ」
 「え、ああ、はい・・・」
 それだけ言って、俺は部屋を出た。

 
 【絢花side】
 パタン、と部屋のドアが閉まる。
 黒江さん、何だったんだろう・・・。
 冷たいタオルをおでこに乗せてくれたかと思えば、「なんて顔」って言われるし。
 また容姿について罵倒されたのかと思えば、今度は無自覚って言われるし。
 「早く治せ」みたいなことも言ってくれたし・・・。