ギュッ、と力を込めて絞るとぽたぽたと水滴が滴る(したたる)
 誰もいない部屋は、いやに静かだ。
 ・・・こんなに、この家って静かだったけ。
 ああ、そうか。
 昨日はあの女がこの家に来たから、あんなに騒がしかったのか。
 そこまで考えて、ふと手を止めた。
 ・・・桃瀬がここに来てから、まだ一日しかたっていないのか。
 いとも簡単に、この家に踏み入って馴染んでいるからもうずいぶん長い間この家にいてたかのような不思議な感覚だ。
 それに、あいつが踏み込んでいるのはこの家だけじゃない。
 俺だって少しはあいつに心を乱されている。
 ・・・本当に少しだが。
 桃瀬は俺の周りに群がっている女共とは、俺に対する態度が全く違う。
 あのウゼェ奴らは、俺の言動全てに顔を赤らめキャーキャー騒ぎ出す。
 単純で、動物のような反応だ。
 俺にも一時期、そんな風にもてはやされることを楽しんでいた時はあった。
 自分の顔の良さを早々に自覚した俺は、それを使って遊んだりもした。
 でも、ほんの一時期だけ。
 すぐに、そんな常に見られているような感覚に嫌気がさした。
 ストーカーされたことだってあったし。
 だから、周りから距離を置くため、嫌われるように今のような無愛想な俺を作った。
 いつの間にか、その作られた俺は本当の‛‛俺’’になった。
 だが、それで嫌われるだろうという俺の安易(あんい)な考えは、全く見当違いの者だった。
 最初のうちは、俺の性格の変化に皆戸惑っていたが、時間が経つとすぐに元通りになった。
 むしろ、そっちのほうが人気が出てしまった。
 つくづく、女は物好きな生き物だと思う。
 そんなことがあったから、俺も最初は桃瀬のことを警戒していた。
 シェアハウスの扉の前でうろうろしていた姿だって、俺にはストーカーに見えた。
 どうせ、こいつもあの女共と一緒なんだろうって。
 そう思い込むのは、至極(しごく)当然のことだと思う。
 でも、実際はそんなことなかった。
 むしろ、正反対。
 冷たく当たっても反抗してくるし、俺の容姿に歓声をあげることもない。
 きっと、あいつの関わる人間を選ぶときの判断材料に容姿というステータスは含まれていないんだろう。
 俺には、そんな桃瀬が少しだけ新鮮に感じられた。
 だからって、絆された(ほだされた)わけじゃない。
 ましてや、惚れたわけでもない。