振り向かずにそれだけ言うと、黒江さんは部屋から出ていってしまった。
 パタン、と扉の閉まる音。
 迷惑、ね・・・。
 やっぱり、そうだよね。
 ・・・熱出したのなんて、いつぶりだろう。
 身体は弱いほうじゃないし、体調管理だってしっかりしてるはずなのになぁ。
 水をかけられたのが原因だよね、きっと。
 明日からも、またこんなことが起こるのかな。
 そう考えると、少しだけ学校に行くのが憂鬱(ゆううつ)になった。


【魁吏side】
 静かに地味子の部屋のドアを閉めた。
 ・・・熱、高そうだったな。
 まともに歩けてなかったし、いつもより顔も赤かったような気がする。
 「ったく、めんどくせぇ・・・」
 誰もいない廊下に俺の独り言だけが響く。
 一応、晶に連絡を入れておくか。
 スマホのメッセージアプリを起動させる。
 晶の名前をタップして文字を打ち込む。
 『早く帰ってこい。地味子が熱出した』
 そう打ちかけて、自然に手が止まった。
 ・・・地味子・・・。
 その3文字が打てない。
 メガネを外した地味子の容姿は、地味とは正反対だった。
 長いまつ毛に大きな目と筋の通った鼻。
 白い肌とそれに映える黒い髪。
 多分、一般的に見ても美少女の分類に入ると思う。
 大きな目が俺のことを捉えたときは、柄にもなく赤くなってしまった。
 ・・・今まで散々地味とかブスとか言ってきたのに、素顔を見た途端こんなになるなんてダセェよな。
 『早く帰ってこい。桃瀬が熱出した』
 しばらく迷ったあと、結局俺は晶にそう送信した。
 すぐに既読がつく。
 返信は返って来ず、代わりに晶から電話がかかってくる。
 『絢ちゃん大丈夫なの?熱出したって本当?』
 「こんなくだらねえ嘘つくわけ無いだろ」
 『魁吏、僕が帰るまで絢ちゃんの看病しといて。なるべく早く帰るから』
 「は?」
 看病?
 俺が?
 『じゃ、また後で』
 晶は俺の返事も聞かず、通話を終了してしまった。
 「・・・看病なんか、慣れてねえんだよ・・・」
 そうは言っても、さすがにあの状態の桃瀬を放っておくわけにはいかない。
 『熱 看病』とネットで調べてみる。
 ・・・りんごを食べさせたら良いのか?
 あとは氷枕か冷やしたタオルを額に当てるのかよ。
 冷蔵庫の中を確認したが、あいにくりんごは置いてなかった。
 タオルを取ってきて、流水で冷やす。