「…井口」
千田の目には涙が溜まっていた。それは今にも溢れそうなほどの涙。
『次はお前だ』
マイクを受け取ると、その目に溜まった涙を拭って井口の方を見た千田はまた目に涙を溜めながらその気持ちを言葉に綴った。
『試合をする度にあんたとの距離が離れていくような気がしていた。だから私は選手を辞めてマネージャーとして井口のそばにいることにした。いつもバレーのことを考えている井口は私なんてどうでもいいっと思っていた。どれだけサポートしても私の気持ちは埋まらなくて、だからいつも強い口調であんたとケンカして。もう、そんな関係でいいやって思ってた。…けど、私はやっぱり、井口の彼女として、あんたが頑張るバレーをこれからも支えていきたい!こんなに可愛げない私だけど、私は井口の彼女になりたいです…!』
「バカ。そういうところが可愛げないんだよ千田は」
マイクを持った手を掴んで自分の方を引き寄せて優しく抱きしめた。
マイクを落としそうになった手に今一度力を入れて、井口の背中に自分の手を置いた千田は溜まっていた涙が頬を伝って流れた。
「井口が好きだよ私」
「分かったって。その言葉は後で沢山聞いてやる」
私まで涙が出た。
井口先輩のその真っ直ぐな気持ちがこっちにも伝わってきて。
その涙は稲葉が拭い、そっと雅の肩を抱いた。
「先輩たち、嬉しそう」
「今まですれ違った分、嬉しさが溢れてんだろうな」
ショーが終わってスマホを受け取りに二人の元に向かった。
「ありがとな稲葉。これが無かったら俺は千田に気持ちを伝えることが出来なかった」
「お役に立てて良かったです。これからあまりケンカしないように」
「それは千田次第かな?」
井口がチラッと千田のことを見ると、いつものようにキッと睨んでズカズカと近づいてきた。
「あのね、あんたも少しは努力をしてほしいんですけど!?大体ね、井口はいつもいつも私に対して態度がデカいの!ちょっとは稲葉を見習ってほしいわ!」
「はぁ!?お前こそ、少しは小鳥遊みたいにおしとやかになれよ!さっきまで可愛いなって思った俺がバカだったみたいじゃねーか!」
「うるさいわね…!!これが私なんだから仕方ないでしょ!?それに惚れたのはどこの誰よ?!」
中々言い争いが終わらないのを見ていた雅たちはため息をついた。
そこは二人で努力してほしいと思う稲葉と雅だった。
先輩たちと別れたあと、隣にショッピングモールでお昼を済ませ、今は買い物を楽しんでいた。
「いいの?こんなに」
服は上下、靴とアクセまで。
一つずつの値段はそんなにしないけど、合計したら結構な金額になる。
「俺がプレゼントしたいからしたんだ。有難く受け取っとけ。それに、似合ってたから実質ゼロ円だ」
後で破産しても知らないからねって言いたいけど、嬉しさの方が勝っていた。
だからここはお口チャックしておこう。
買ってもらってばかりだから私もなんか渉にプレゼントしたいな。
どこかに確かメンズショップがあったよね。
そこでこっそり買おう。
何がいいかな?部活で使える物がいいな。
タオルとかリストバンドは定番だけど、競技に支障がないからいいよね。
靴とかボールとかは私の雀の涙程しかないお小遣いでは中々手が出せない。
それなら練習着とかは?Tシャツでもいいかも!
「次はどこ行く?あと見てないのは…の前にトイレ行ってきていいか?」
「いいよ。私ここで待ってるから。荷物持ってるね」
ずっと持ってもらっていたから疲れたよね。戻ってきたら荷物分担して持とうね。
「重いから、そこのイスで待ってろ」
「うん」
実際そんなに重くないけど。日々、マネージャーの仕事で鍛えられていますから。
ただ渉なりの気遣いだと思うと、すっかり甘えてしまう。私って大事にされているんだな。
稲葉に言われた通り荷物を隣に置いてイスで待っていると、その視線の先に気になるお店が目に入った。
あそこってメンズのお店だよね。
渉はまだ帰って来てない?…ちょっと見に行こう。
「いらっしゃいませ〜」
ワイルドな感じの男性の店員さんが出迎えてくれて、早速どんなのがあるか聞いてみた。
「へぇー彼氏さんバレーボールやっているんですね」
「はい。だから練習の時や試合の時に使えるものを探していて。Tシャツやタオルなら邪魔にならないし、いいかなって」
「そうですね。スポーツ用のネックレスとかありますけど、それはどうですか?」
「是非、見せてください!」
スポーツ用のネックレスは血行促進させて、肩こりなんかを解消する働きがある。
渉はなんの色が似合うかな?部屋はモノトーンが多かったっけ。
だからといって、黒か白は代わり映えしないな。
チャームが動くのは集中力切れそうだし。難しいなー。
「これなんかどうですか?チャームが動かないから集中力切れませんよ!」
あ、私がチャーム付いているのは以外のやつを見ているのに気づいたんだ。
紐は黒だけど、首の真ん中にあるストーンは金色のネックレス。
このワンポイントがちょっとオシャレかも…!
「これにします!あとはTシャツとか見たいな」
「少々お待ち下さい。こちらをレジに持っていきますね。Tシャツコーナーはあちらですので先に見ていて下さい」
Tシャツも色々あるな。それでも手に取るのは黒のTシャツばかり。
やっぱり渉には黒だよね。よし、これにしよーと。
「決まりましたか?」
店員が再び戻ってきた頃には雅はTシャツを選び終わっていた。
手を持ったTシャツを大事そうに抱えて笑顔で答える。
「はい!これにしました。お会計お願いします」
「かしこまりました。では、こちらにどうぞ」
会計をして元の場所に戻った雅。
渉まだ戻って来てないんだ。お腹でも壊したかな?
一応連絡入れてみよう。
カバンからスマホを取り出して稲葉に連絡し始めた。
プルルルルル… プルルルルル… ガチャ!
「あ、渉?今どこ…」
『おい!今どこにいんだよ!?』
なんか怒ってる?!
「さっきのイスの所だけど。渉何かあったの?」
『いいか?絶対に動くんじゃないぞ!?いいな!』
ブチッ!
な、何怒ってんのよ?!
もしかして勝手にどこか行っていたことかな?やばい……。
どうやって謝ろう…。
数分後、稲葉が雅と合流すると同時に荷物を持っていた手を強引に引っ張ってショッピングモールを出た。
やばい超怒ってる。いつもなら手加減するのに今は本気だ。
手を引く力が強くて痛い。
「渉…?あの…」
「……」
気づけば人気のない場所まで来ていた。
渉は立ち止まったまま、ずっと黙りっぱなしでいる。
すると次の瞬間、掴んでいた手と荷物を持っていた手、両方を掴んで雅を壁に押し当てる。