【完】再会した初恋の彼はチャラくて、イジワルで、ときどき優しい

心がスっと軽くなる。引っかかっていたものが無くなる感覚だ。




あぁ、何で伝えることが出来たのに涙が出てくるのかな?




そうか私、嬉しいんだ。





ずっと憧れだった稲葉くんに私の想いを伝えることができて、その想いが稲葉くんに通じて……。





「ふん。間抜けな顔だな」




「うるさい…!」




そんな間抜けな顔でもあなたは私のこと好きでいてくれるんでしょ?





「今は子どもだから無理だけど大きくなったら俺の“彼女”になってください」





「え?」




「小鳥遊が引っ越す時に俺が言った最後の言葉だ」




「あ…!」





思い出した!
「はは!やっぱり忘れてたな。再会した時に思い出すかって思ったけど、お前全然思い出してくれなくて。腹たったから思い出すまでイジワルしようと思ったくらいなんだぜ?」





「まさか今まで訳分からず抱きしめたりしてたのって…」





「イジワルでやったのもあるけど、ちゃんと本心でやったのもある。けどそれは思い出さない小鳥遊が悪い!」





そんなこと言ったって稲葉くん本人も話してくれなかったじゃない。





私のせいばかりにしないでよ。






「で、どうする?このまま俺の彼女になるか、それともやめとくか?」





答え決まっているの知っているくせに。またそんなイジワルして。




けど私はそんな稲葉くんが好き。
「彼女になるに決まっているでしょ。だって私、稲葉くん以外の人これから先、好きになれそうにないもん」




「なんでそこで泣くんだよ」




「だってー…」




気づいたら両目から涙が溢れていた。それも稲葉くんは優しく拭ってくれた。





「ったく、お前は俺をどれだけ煽るんだよ。一生俺を好きでいろよ雅」




「うん…!」





そして柔らかい感触が私の唇に触れた。それは今までよりも優しく、甘いキスだった。
あの告白から1週間後。またいつも通りの生活が始まり、今日もマネージャーとしての仕事をこなしていた。





「小鳥遊ちゃ〜ん。今日のメニューを皆に配ってくれんかのー」





「はい。花火絵監督、腰は大丈夫ですか?」





監督はまた腰をやっちゃって、今は車椅子で過ごしている。





稲葉くんの指導に力を入れすぎて勢い余って腰を痛めるみたい。





「大丈夫じゃ。小鳥遊ちゃんだけじゃぞ。わしを心配してくれるのは。千田くらいになると心配しないで冷たいことばかり。わしの妻と似ておる」





すると後ろから怒った千田先輩が監督の方に近づいてきた。





「監督〜?無駄話してないでミーティング始めますよ?小鳥遊さんメニューよろしくね!」





「はい!」





「小鳥遊ちゃんヘルプミー!」




「あははは……」




車椅子の持ち手を握った千田先輩が監督をどこかへ連れってしまった。





ただこれはいつもの部活の風景なので部員はあまり気にしていない。







監督ったらいつもこうなるんだから。たまには休んだ方がいいですよ。





試合の時に監督がいないと何となく、盛り上がりにかけるんですから。





悔いなく、引退できるようにしてくださいね。
「まーた監督がちょっかいかけたのか?」




練習着に身を包んだ稲葉くんがヒョイっと私の横から現れた。




「違うよ。メニュー配ってって頼まれただけだよ。ちょっと余計なこと言っちゃって千田先輩に怒られてたけど…」





「ま、いつもの事だな」





「そうだね」





放課後の練習が終わって着替えをしていると、千田先輩が予想としていなかったことを私に言ってきた。





「小鳥遊さんってさ、稲葉と付き合い始めたの?」





「えっ!?ど、どうしてそれを…!」
あまりに驚いて手に持っていた制汗スプレーを床に落としてしまった。





それを千田がヒョイっと拾い上げて動揺している雅に渡す。






「何となく雰囲気で。ねぇ?」




っと、他のマネージャーたちも知ってたと言わんばかりに頷いた。





まさか皆にバレていたなんて。いつもとそんなに変わらないと思うんだけど。





それが分かるのは乙女の感ってやつかな?





「まぁ最初から仲良さそうだったし。付き合っていてもおかしくなったよ」





「てか稲葉って入学してから沢山告られてきたけど、全部断っていたよね」





嘘!初めて知った。





稲葉くんって結構モテていたんだ。





そんな話、今まで聞いたことない。
着替えを終えた私たちは更衣室の外に出ると、ちょうど男子たちも同じく着替えを終えて更衣室から出てきた。




「「あ」」




偶然のタイミングで驚いた私たちは思わず声を出してしまった。




「稲葉良かったな。彼女も同じタイミングで出てきて」





「からかわないでくださいよ井口(いぐち)先輩」





彼女という呼ばれ方にまだ慣れてなく、呼ばれるとすぐに赤く頬が染まる。






井口先輩は千田先輩と同じ、三年生の先輩です。ちなみにチームのエースでもあります。





そんな井口にいじられた稲葉も照れて顔が赤くなっている。





「井口、後輩をいじめないの!」





「出たよ千田の学級員面。教室でも部活でも怒られるし。どう思う小鳥遊さん」
「いや、あの……」




返答に困るな。




千田先輩は厳しい性格だけど、指示が的確で部活内のお姉さんって感じで頼りになる存在なんですよ。





これを言っていいのか悪いのか。あまり言いすぎてもよくないし。




ここははぐらかしておこう。ごめんなさい…!





「小鳥遊さん困らせないでよ!私の可愛い後輩なんだから!」





ありがとうございます千田先輩!





憧れの先輩にそう言われて小鳥遊雅、光栄です…!
「困らせてねーよ!お前の方こそ、無理な要求して困らせてんじゃないのか?昔っからわがままだからな千田は」




昔から?てことは二人は幼なじみなのかな?だからこんなにはっきりと言い合えるんだ。




「この二人に付き合っていたら夜になるから帰るぞ」




「待って稲葉くん」





そう言うなら置いていかないでよ。さっきからかわれたから早めに学校出たいんだな。





意外に照れ屋なんだから。





最近は稲葉くんの意外な一面を見ると思わず可愛いと思ってしまうことが多い。