そんな母と父の出会いは、若い頃、絵本のセールスマンをしていた父が、母の幼稚園を訪れたことだった。


その時、まず応対した母が、これまたその名の通り、温厚篤実な性格である父と話しているうちに


「この人しかいない。」


と思ったと以前、話してくれたことがある。その時、父親の方も母親を一目見て


「この人が運命の人だ。」


と感じたと、臆面なく子供たちに語り


「何、子供の前で、2人して惚気てるんだよ。」


と賢一にツッコまれていたが、父も母もニコニコと微笑んでいるだけだった。


そんな穏やかで優しい両親が築いた、暖かな家庭で、友紀たち三姉弟は育った。両親がケンカしているところを見たことも、2人から厳しく叱られた記憶も友紀にはない。妹にも弟にもたぶん、ないはずだ。


よく聞く年頃の娘が父親を嫌うということも、友紀にも美紀にもなかったし、反抗期になって賢一が両親を手こずらせるようなこともほとんどなかった。


「親の方が一枚上手というか、とにかくうまく包まれてる感じで、反抗するキッカケも理由もなかった。」


「そうだね。言葉は悪いかもしれないけど、なんか牙抜かれちゃったよね、私たち。」


賢一が大学生になりたての頃、3人でそんなことを話して、笑ったことがある。


そして今も、5人で食卓を囲みながら、たわいのない話をしながら、笑っている家族を見ながら


(やっぱりいいな、ウチの家族・・・。)


滝の言動にささくれだっていた心が、段々穏やかに落ち着いて来るのを、友紀は実感していた。


そう言えば優美は、よく自分達にこんなことを言っていた。


「この世の中にはね、本当に悪い人なんて、1人もいないんだよ。」


4年間、幼稚園教諭として勤務しながら、優美はいつも子供たちの無邪気な笑顔に癒され、励まされていたと言う。


「あの笑顔は1つのウソ偽りもない純真なもの、みんな澄んだ心の持ち主なんだよ。そこにはただの1人の例外もいなかった。だからね、あなた達は絶対に人を嫌いになっちゃいけないよ。」


究極の人間性善説だよな・・・大人になった今、友紀は思う。それでも、その母の教えを決して否定することなく、友紀は生きて来た・・・つもりだ。


(まだ出会って2日目。とにかくあの人、嫌いって心を閉ざすには、まだ早すぎる、よね・・・。)


友紀は改めて、自分に言い聞かせるように思った。思うようにした。