イケメン総長は、姫を一途に護りたい

ああ、知ってるよ。

――咲姫の気持ち。


俺に向いてないってことくらいな。



咲姫はここ数日、部屋にいないことが多かった。

「用事がある」と言って姿を消すが、…俺は知っていた。


二階堂の部屋に出入りしていることに。


初めは、パンフレットの撮影の打ち合わせで呼び出されているのかと思っていたが、それにしては頻繁に通っている。


それで、悟った。

咲姫が好きなのは二階堂で、2人はすでに“そういう関係”になっていたんだと。


そして、二階堂からの勝負を挑まれて確信した。


きっと咲姫は、俺よりも二階堂に守られることを望んでいる。

口には出さないだけで。



勝負のとき、二階堂がいつもと違うことはわかっていた。

動きだって鈍く、パンチやキックにも重みがない。


それに、決定的な足のふらつき。
勝負は、俺の勝ちが明らかだった。

だからこそ、あそこで俺が負けるには…あえて隙を作るしかなかった。


二階堂の足のふらつきの隙は狙わない。

逆に、わずかな隙を与える。


俺が構えを緩めたその一瞬を、二階堂は見逃さなかった。


結果、俺は負け、咲姫は二階堂に守られることとなった。



「…これでいいんだよ」


俺は、乾いた笑いを浮かべた。

それを見て、カオルはそれ以上なにも言ってこなかった。



亜麗朱だって、慧流座と同じくらい勢力のある暴走族だ。

十分に、咲姫を守る力がある。


二階堂がそばにいるなら、尚更。


咲姫もきっと、こうなることを望んでいたはずだ。



俺の気持ちは、どうだっていい。

惚れた女が幸せであれば、それで。


だから、俺が勝負に負けるという選択は間違ってはいない。
…間違ってはいないけど。


咲姫がそばにいないことが、こんなにも寂しく、悲しいものなのか。

咲姫がいなくなって、初めて知った。



『行けっつってんだろ!俺も、ようやく慧さんの頼みから解放されて、清々してんだよっ!』


本当は、あんなこと言いたくなかった。


頼まれなくたって、俺はずっと咲姫を守りたかったのにっ…。


人知れず、頬に一筋の涙が伝った。



自分で咲姫を手放したくせに、苦しくなるくらい――。

胸が痛い。
波乱の夏休みが、もうすぐ終わろうとしている。


結局千隼くんは、一度も202の部屋には戻ってきていない。

おそらく、新学期が始まるまでは戻ってこないつもりなのだろう。



千隼くんがいなくなってから、身の回りのことがいろいろと変わった。


あの勝負以降は、わたしは慧流座から亜麗朱に守られるようになった。


仲よくしてくれていた慧流座のメンバーが話しかけにこようとするものなら、すぐさま亜麗朱のメンバーが割り込んでくる。


慧流座のメンバーは、なにもわたしに危害を加えにきたわけではないのに、亜麗朱が過剰にわたしを守るから、慧流座と亜麗朱の仲がさらに悪くなったような気がする。


そして、わたしと二階堂さんの関係――。


二階堂さん…いや、光さんは、これでもかってほどにわたしに甘く接してくれる。
勝負に勝った亜麗朱に主導権が移ってから、光さんはわたしに名前で呼んでほしいと相談してきた。


千隼くんのことも名前で呼んでいたから、自分もそうしてほしいと。


勝負のあと、まだ体調が万全ではなかった光さんは、また数日寝込んだ。

だけど、パンフレットの撮影までには復活して、無事に写真撮影を終えることができた。


仲よさそうに顔を合わせて、学校案内をするパンフレットに載るわたしと光さんは、知らない人が見れば、付き合っているのかと勘違いされそうだ。



光さんは、千隼くんがいなくなって元気のないわたしのために、夏休み中、いろいろな場所へ連れて行ってくれた。


遊園地、水族館、映画館…などなど。


そのどれも楽しかった。

だけど、いつもふとしたときに、千隼くんのことを思い出してしまう。
でも、光さんはわたしを喜ばせるためにしてくれているから、そんな顔は見せられなかった。



今日で夏休みが終わる。

明日から、2学期だ。


千隼くん、…戻ってくるかな。


早く千隼くんに会いたい気持ちがある一方で、どんな顔をして会えばいいのかわからない不安もあった。


だって千隼くんは、わたしといっしょにいたくないから。


『行けっつってんだろ!俺も、ようやく慧さんの頼みから解放されて、清々してんだよっ!』


あのときの言葉のトゲが、今もわたしの胸に刺さったままだ。



夏休み最後の朝。

ぼんやりと部屋で過ごしていたら――。


部屋のドアがノックされる。


もしかして…千隼くん!?


そう思って振り返ったのだけれど、ドアを開けて入ってきたのは、校長先生だった。


「…校長先生?どうしたんですか?」
「あなたに、お客がきてるわよ」

「…わたしに?」



校長先生の連れられるまま、校長室へと向かう。


そこで、わたしを待っていたのは――。

…なんと、お父さんだった!


「お父さん…!?」

「咲姫、久しぶりだな!」


話を聞くと、お盆休みを返上して仕事をしていたらしく、代わりに2週間の休みをもらったんだそう。

だから、こっちに戻ってきた。


それで、2週間だけわたしを連れて帰りたいんだそう。



「明日から新学期だから、本当は寮にいたほうが楽かもしれないが、お父さん…1人だと寂しいんだよぉ…」

「…わかったから!だから、泣かないでっ」


久々に会ったけど、お父さんは相変わらずだった。


娘に甘々な元慧流座総長のお父さんを見て、校長先生はやらやれというふうに笑っている。
恥ずかしいから、泣かないでほしい。



寮を出て、明日から2週間だけ実家で過ごすという話は急だったけど…。


…ちょうどよかったのかもしれない。


たった2週間だけだけど、千隼くんと部屋で顔を合わせることがないのなら、それで。



そのあと、光さんには急遽実家に帰ることはメッセージで伝えておいた。


わたしが寮にいないと知ったら、きっと亜麗朱のメンバー総出で、わたしのことを探すに違いないから。



久々の我が家。

寮生活を始めてからは毎日が楽しくて、結局一度も家に帰っていなかった。


だから、なんだか部屋の中がほこりっぽい。


夏休み最終日だったけど、家の大掃除をして。

そのあと、お父さんといっしょにお母さんのお見舞いにも行った。



そして、次の日。


寮と違って、家から学校までは距離がある。
わたしはいつもより早く起きて、学校へ行く準備をしていた。


「咲姫。皇蘭中学の制服も似合ってるな!」

「ありがとう」


そういえば、お父さんはわたしの制服姿を見るのは初めてだ。


ふと時計を見ると、バスの時間が迫っていた。


「…お父さん!わたし、そろそろ行かないとっ」


慌てて、朝ごはんの食パンを口に詰め込む。


詰め込みすぎて、途中でむせそうになった。

そんなわたしを見て、お父さんがお茶の入ったグラスを差し出す。


「咲姫、なにをそんなに急いでるんだ?」

「だ…だから、バスの時間がっ…」

「お前、バスに乗ってなんか行かないだろ?」


…え?

お父さん、なにわけのわからないことを言って…。


わたしの家から皇蘭中学までは、バスで駅まで行って、そこから電車に乗らなければならない。