「えっ、…転勤?」
もうすぐ春休みに入ろうとする頃、突然お父さんから告げられた転勤の話。
お父さんの仕事柄、転勤は付きもの。
これまでも、わたしが生まれてすぐと、小学校に上がる前、小学5年生のときと、すでに3回も転勤で引っ越ししている。
だから、とくに驚きはしない。
だけど、今回の転勤先はこれまでとは違って、遠いところに移り住まなければならなかった。
…でも。
「…お母さんは、どうするの?」
わたしのお母さんはもともと病弱な体で、今は病院に入院している。
家からだとバスで通える距離だけど、引っ越してしまったら、到底今みたいに気軽に会いに行くことはできない。
「そこで、咲姫に相談があるんだが…」
お父さんは、春から新しい職場に転勤するように言われたときから決めていた。
わたしたちと離れて暮らす、単身赴任という選択を。
そうすれば、お母さんをこっちへ残すことも、体に負担をかけてわざわざ転院させることもない。
「咲姫はもうすぐ中学2年生になるし、料理や身の回りのことも自分でできるから、そこの部分はなにも心配はしてないんだよ」
お母さんが入退院を繰り返していたから、幼い頃から家のことはお父さんと分担していた。
だから、わたしもお父さんがいなくたって、ひとりで暮らしていけるとは思っている。
…ちょっと寂しいだけで。
でも、お父さんが心配していることはそこではないらしい。
「もし、ひとり暮らししてる咲姫の身に…なにかあったらと思うと…。お父さん、不安で不安でっ…!!」
お父さんは、泣きじゃくりながらわたしに抱きついてきた。
わたしのことになると、いつもこうだ。
「…ちょっと、お父さん?なんで泣く必要があるの?」
「だって、咲姫が変な男にそそのかされたりしたら…!」
「それは、心配しすぎだってー」
わたしが言うのもなんだけど、お父さんは一人娘のわたしのことが、心配で心配で仕方がないらしい。
お母さんが病気で大変だから、自分がしっかり咲姫を守り育てないと!
という使命感があるようで。
そのため、門限は17時だし、少しでも帰るのが遅くなったら、電話とメッセージの嵐。
しかも、怒るのではなく…。
〈咲姫がどこかで、事故にあったんじゃないかと思ってぇぇぇ〜…!!〉
と、わたしの身を案じて、泣きべそをかきながら電話をかけてくるのだ。
…もう、本当に心配性なんだから。
単身赴任はするけれど、わたしを1人にさせるのだけが唯一の不安ということはわかった。
だから、残り少ないお父さんとの時間、あまり心配させないようにと、春休みの間は門限をきちっと守って、家のこともがんばった。
そうして、お父さんが引っ越す前日…。
わたしは単身赴任するお父さんへ、プレゼントを買いにきていた。
今まで貯めたお小遣いを使って、ネクタイピンを購入。
お父さん、どんな顔するかな〜?
お父さんの喜ぶ顔を想像したら、なんだかわたしのほうがにやけてしまう。
…そのせいで、ちゃんと前を見ていなかった。
あっ!と思ったときにはもう遅く、わたしはなにかに思いきりぶつかってしまった。
そして、その拍子に地面に尻もちをつく…。
「…いたたたっ」
お尻を擦りながら見上げると、そこにはわたしを見下ろす男の人たちがっ…。
金髪、銀髪、青い髪や緑の髪。
耳、口、鼻にはピアスだらけ。
見た目からして、…こわすぎるっ!!
「総長、大丈夫っすか!?」
金髪の人が、真ん中にいた黒髪の男の人に声をかける。
どうやらわたしは、この人にぶつかってしまったようだ。
し…しかも。
今、『総長』って言った…?
なんだかよくわからないけど、わたし…ヤバそうな人にぶつかってしまったみたい…!?
「ああ、俺はなんともないけど」
その言葉を聞いて、少しだけホッとする。
でも、こんなところで落ち着いてなんかもいられない。
すると、黒髪の男の人がわたしに視線を向けた。
その目が、なんだか鋭くわたしを睨んでいるような気がする。
「もしかして――」
「ご…!ごめんなさい!ぶつかってしまって、本当にすみませんでした…!!」
わたしは早口でそう言うと、一目散にその場から逃げ出した。
あんなこわそうな人たちに関わっちゃダメ…!
ここはすぐに、あの場から離れるべきだ…!!
それなのに…。
「待て!」
「そこの女っ…、止まれー!!」
さっきのいろんな髪色の人たちが、なぜかわたしを追いかけてくる。
そんなこと言われたって、待たないし、止まりたくもない…!
黒髪の男の人が呟いた、『もしかして――』という言葉。
そのあとに続く言葉は、きっと「わざとぶつかってきただろ!?」に違いない。
悪いのはわたしだけど、わざとなんかじゃないんだから許してほしい…!
人混みに入ってなんとか振り切り、やっとのことで家まで帰るのだった。
そして、次の日。
「おはよう、咲姫」
「お父さん、おはよー!」
起きてリビングへ行くと、お父さんが朝ごはんを用意してくれていた。
ランチョンマットの上に置かれたのは、三角にカットされたタマゴサンド。
お父さんが作るタマゴサンド、わたし、だーい好きっ。
だけど、いつも通りの朝なのに、今日からお父さんと離れて暮らすと思うと、やっぱり少し寂しかったりする。
お父さんがわたしの向かいの席に座り、いっしょに朝ごはんをいただく。
「あっ、そうだ!」
そして食べ終わる頃、お父さんの顔を見て思い出した。
昨日、お父さんへプレゼントを買ったことを。
わたしは、昨日持って出かけていたバッグの中を探る。
この中に、プレゼントを入れていて…。
…でも。
「あれ…?」
バッグのどこを探しても、プレゼントらしきものは見当たらない。
…おかしいな。
昨日、ちゃんとここへ入れたはずなのにっ…。
とここで、わたしはハッとした。