イケメン総長は、姫を一途に護りたい

千隼くんはわたしを後ろから抱きしめると、わたしの顔をみんなに向ける。


「ほら、見ろよ。俺にキスされて、咲姫の顔がこんなにもとろけそうになってんだろ」


自分でも、顔が火照っているのがわかる。


みんなの前で、千隼くんにキスされて。

うれしいのか恥ずかしいのか、これがどういう感情なのかはわからないけど――。

…とにかく顔が熱いんだっ。



「さ…咲姫ちゃん。…そんなっ」

「ちょっとくらい、嫌がったっていいのにっ…!」


千隼くんにキスされた無抵抗なわたしを見て、みんなは悟ってしまったようだ。


あんなに溢れていた男の子たちだったのに、一瞬にしてわたしの前から引いていった。


千隼くんのキスは、一撃必殺の技だった。



そのあと、2人きりになったときに千隼くんに謝られた。
「…さっきはごめん。突然、あんなことしてっ…」


わたしに、許可なくキスしたことを気にしていたようだった。


「周りを黙らせるには、あの方法しか思いつかなくて…つい」

「ううん、大丈夫だよ。それに、本当にキスされたわけじゃなかったしっ…」


――そう。

あのとき、千隼くんはわたしの唇に自分の親指を添えて、その上にキスしてきた。


だから、唇と唇が触れ合ったわけではない。


だけど、千隼くんの背中しか見えなかったみんなにとって、そのポージングからわたしにキスしたと思い込んでしまった。


「咲姫にキスなんてしたら、マジで慧さんに殺されそうだしなっ」


もしお父さんが、わたしが男の子とキスしたと知ったら…。

嘆き悲しみ、怒り狂うような気がする。


…だけど、その相手が千隼くんだったら?
わたしは、初めてのキスは…千隼くんがいいな。


さっきだって、本気でキスされると思った。

でも、ちっともいやじゃなかった。


千隼くんは…違うのかな。

本当の彼女じゃないわたしには、キスなんてできないのかな…。



千隼くんが彼氏の“フリ”として、わたしを他の男の子から守ってくれるのは、すごくうれしい。


だけど、その“フリ”が――。

たまにわたしを不安にさせる。
わたしが、皇蘭中学に転校して3ヶ月が過ぎた。


男の子だらけのこの学校にも慣れ、今では楽しく学校生活と寮生活を送っている。


もうすぐ、待ちに待った夏休みだ。


しかし…。

――嵐は、突然やってきた。



お昼休み。

千隼くんと窓際で話していると、急に教室内がざわついた。


何事かと思って目を向けると、教室の入口に見かけない人の姿が見えた。


千隼くんと同じくらいの180センチ近くある高身長の整った顔。

プラチナブロンドに染め上げられた、明るい金髪。

そして、第2ボタンまで開けたシャツの胸元には、ゴールドのネックレスが見え隠れしている。


…あんな人、この階にいたら絶対気づくはずなのにな。


そんなことを思っていると――。


「キミが、楡野咲姫だね?」


なんと、その人がわたしの前にやってきた…!
「咲姫に、なんか用?」


するとすぐに、敵意むき出しの千隼くんがわたしとの間に入り込む。


しばらく、千隼くんとその人が無言で睨み合っていた。

まるで火花が散りそうなくらい、お互いに視線を逸らさない。


「…千隼くん!そんなに睨むことないよ…!」


だって、まだわたし、この人になにもされていない。

それに、わたしの前にきたときは穏やかな表情だったから、危害を加えにきたとも思えない。


なのに、千隼くんはわたしを守る番犬かのように、隙あらばこの人に噛みつきそうな勢いだ。


するとその人は、千隼くんを見下ろしながらフッと口角を上げる。


「へ〜。噂は本当だったんだ」

「噂…?」

「慧流座の頭が、女に(ほう)けてるっていうのは」

「…なんだと?」


せっかく千隼くんをなだめようとしていたのに、その人はあえて挑発してきた。
わたしに対する態度と違って、明らかに千隼くんには敵対心を抱いているように見える。


「…千隼くん!ひとまず落ち着いて…!」

「咲姫は下がってろ。こいつに関わると、ろくなことがねぇ」

「…どうして?千隼くん、この人のこと知ってるの?」

「知ってるもなにもっ…。こいつは、亜麗朱の総長だ」

「…亜麗朱!?」


『亜麗朱』って、校長先生が総長をしていたレディースの暴走族の名前だよね?


その、現総長が……この人っ!?



すると、その人は突然わたしの前で跪いて、そっと右手を取った。


「自己紹介が遅くなってしまい、申し訳ない。僕は、3年B組の二階堂光(にかいどうひかる)。亜麗朱の総長で、この学校の生徒会長をしている」


わたしは、その華麗な立ち居振る舞いに驚いた。

なぜなら、暴走族の総長というよりは、まるで紳士のようだったからだ。
二階堂さんは、わたしよりも1つ上の3年生。

教室のフロアが違うから、どうりであまり見かけたことがなかったわけだ。


納得したけど、注目するのはそこじゃなくて――。


『亜麗朱の総長』で、この学校の『生徒会長』って…。

その肩書き…最強すぎませんか?



「…で、こんなところになにしにきたんだよ?」


千隼くんが、二階堂さんを睨みつける。


「今日は亜麗朱の総長としてではなく、生徒会長として出向いた。残念ながら、キミに用はないから下がっていてもらえるか?僕が話したいのは、楡野さんだ」

「わたし…ですか?」


二階堂さんの話を聞くと、どうやらわたしに協力してほしいことがあるんだとか。


それは、来年度の皇蘭中学の学校案内のパンフレットに、モデルとして出てほしいということだった。
「女子生徒はキミだけだから、必然的に頼めるのもキミしかいないんだよ。来年度の女子生徒入学のために、ぜひともキミに協力してほしい!」


皇蘭中学は男子校というイメージが強いから、女子生徒もいるということをアピールしたいんだそう。

それで、女子生徒の入学率を上げる狙いもある。


先生は個性的で楽しいし、学食はおいしいし、校舎も寮もとってもきれい。

加えて、寮の大浴場は天然温泉。


そしてなんと言っても、女の子の制服がかわいすぎる!


それを知ったら、きっと入学希望の女の子が増えるに違いない。


「わたしもこの学校が好きだし、わたしなんかでお役に立てるのであれば…」

「引き受けてくれるかっ!ありがとう、楡野さん!」


二階堂さんは、わたしの手を取って喜んでくれた。


しかし、その手をすぐさま千隼くんが払いのける。
「もう、用は済んだだろ?」

「キミも相変わらずだね。楡野さんがそばにいて、ちょっとは丸くなったかと思ったけど」

「うるせぇ」


二階堂さんは、千隼くんの睨みを慣れたように受け流すと、教室から出て行った。


千隼くんに睨まれれば、普通は怯えて尻尾を巻いてしまう。


だけど、さすがは亜麗朱の総長。

まるで、千隼くんを鼻で笑っているかのような素振りだった。



「咲姫。今日、二階堂が頼んできたこと…。いやだったら、断ってもいいんだからな?」


寮の部屋で、千隼くんはベッドに腰掛けながら、ロフトにいるわたしに声をかけた。


「べつにわたし、いやってわけじゃないよ?この学校のためになったら、わたしもうれしいしっ」

「…まぁ、咲姫がそう言うならいいんだけど」


と言う千隼くんだけど、内心は納得していないように見える。