恥ずかしくて顔が赤くなるわたしの反応を楽しむかのように、千隼くんが見つめてくる。
こんな至近距離で見つめられたら、ドキドキしちゃうからやめてほしい。
千隼くんから顔を逸らそうとしたけど、そのとき――。
手に、やんわりと温かいものが触れる。
そして、わたしの指を絡めるようにして、そっと手を繋がれた。
驚いて目を向けると、なんと千隼くんがわたしの手を握っていた…!
「ちっ…千隼くん…!」
「べつに、普通のことだろ?俺ら、カレカノなんだから」
そう言って、千隼くんが意地悪に微笑む。
確かに、彼氏と彼女なら手だって繫ぐけど…。
わたしたちって、付き合ってる“フリ”なんだよね…?
こんなことまで、再現しなくてもいいんじゃっ…。
「咲姫さん、耳まで真っ赤っすよ!」
「もしかして、手握ったことないんすか!?」
「めっちゃ初々しくて、カワイイ〜!!」
周りにいた、慧流座のメンバーが茶化してくる。
わたしは、両手で顔を覆って背中を向けた。
「おい、お前ら。あんまり俺の女をいじめるな」
千隼くんが、わたしを守るようにして抱き寄せる。
「出た〜!さっそく『俺の女』発言〜!」
「あちぃ!あちぃ!」
「おい、みんなー!総長に、女ができたぞ〜!」
ここにいるメンバー全員に聞こえるように、大きな声で呼びかけている。
ほとんどの人は今日初めて会ったばかりだけど、わたしが千隼くんの彼女と聞いて、みんな祝福してくれた。
「咲姫。なにがあっても、俺がお前を守るから」
千隼くんが、愛おしそうにわたしの頭を撫で、手を滑らせて頬に添える。
千隼くんの言葉。
そして仕草が、またわたしの胸をキュンとさせる。
でも、千隼くんにとってそれは、彼氏の“フリ”として言ってるんだよね…?
…そんなこと、わかってる。
わかってるけど、わたしはその“フリ”でさえも、本気と捉えてしまうんだ。
慧流座のメンバーと別れたあと、またわたしは千隼くんのバイクに乗って、寮へと戻った。
アジトでもいっしょ。
そして、寮の部屋でもいっしょ。
部屋着のスウェット姿になった千隼くんが、ベッドの上でマンガを読んでいる。
そんなオフモードの千隼くんが珍しくて、わたしはロフトの柵の隙間から密かに覗いていた。
すると、千隼くんがわたしの視線に気づいて、チラッと目を向ける。
一瞬目が合い、わたしは慌てて顔を隠した。
「…咲姫、どうかした?」
「ううん…!なんでもないのっ」
ただ、千隼くんを見ていたいだけ。
だって、わたしの…『彼氏』なんだから。
18時からは、晩ごはんの時間だ。
千隼くんに案内され、みんなが集まる食堂へ。
着いて、驚いた。
…男の子ばかりだからか、食堂内は戦争状態。
とくに、肉系料理の争奪戦が激しい。
巻き込まれたらケガをしそうな勢いだから、わたしは端っこの席に座って、様子を窺っていた。
「毎回、ああなんだよ。べつに取り合わなくたって、全員に行き渡るように作ってくれてるのに」
千隼くんは、呆れたようにため息をつく。
「でもわたしは、こんなに大勢で集まってごはんを食べることなんてなかったから、なんだか見ていて楽しいよ」
わたしに男兄弟がいたり、もっと大家族だったら、毎回の食卓はこんな感じなのかなと想像していた。
食事のときは、いつもお父さんと2人きりだったから。
それに、お父さんの帰りが遅い日は、1人で食べたりもしていたし。
だから、お母さんがまれに退院して帰ってきたときに、家族3人でする食事の時間が大好きだった。
そして、千隼くんとごはんを済ませて、部屋へ戻った。
昨日運んでもらった荷物を部屋で整理して、明日の準備もする。
時計を見たら、いつの間にか21時になっていた。
初めは、千隼くんとの相部屋でどうしようかと思ったけど、今のところ困ったことはない。
着替えも、ロフト部分が隠れるようにカーテンがあるから、それを閉めてしまえば大丈夫。
そのおかげで、夕食前に部屋着に着替えることだってできたし。
ふと、ロフトから顔を覗かせると、千隼くんの姿がないことに気がついた。
この時間だし、もしかしたらお風呂に入りに行ったのかもしれない。
部屋にはシャワー室があるけど、寮の中には大浴場もある。
しかも、天然温泉が湧き出ているんだそう!
でも、さすがにわたしが男湯に入るわけにはいかない…。
だから、わたしはシャワー室を使うことになる。
お風呂セットを抱えると、ロフト下のシャワー室へ向かった。
そしてそのまま、なにも考えずにドアを開けた。
しかし、だれもいないと思っていたシャワー室のドアを開けた脱衣所で見えたのは――。
水滴がこぼれる筋肉質な背中。
それに驚いて、わたしはその場で固まってしまった。
すると、その体をひねったときに目が合ったのは、…千隼くん。
「…そんなところに突っ立って、どうした?」
タオルで髪を拭く千隼くんが、キョトンとした表情でわたしに目を向ける。
初めて見る男の人の上半身に、わたしはとっさに目のやり場に困ってしまった。
「ご…ごめん!まさか、千隼くんがシャワー浴びてたとは思ってなくて…!」
慌てて、バスタオルで顔を隠す。
これは、…完全にわたしの不注意だ。
ノックをすれば、防げた事故。
唯一の救いとしては、シャワー後の千隼くんが、先にスウェットの下を履いていてくれたこと。
「もしかして、咲姫もシャワーだった?…ごめん、俺が先に入っちゃって」
「いっ、いいの…!それは!気にしないでっ」
首にタオルをかけたまま、それでも上の服を着ないで出てきた千隼くんと…顔を合わせられない。
見ると、上の服は、ベッドの上に脱ぎ捨てられていた。
「じゃ…じゃあ、シャワー浴びてくるね…!」
逃げるように、シャワー室に飛び込んだ。
驚いて息をするのも忘れていたから、乱れた呼吸をさっき千隼くんがいた脱衣所で整える。
男の子と同じ部屋で暮らすって――。
…こういうことなんだ。
わたしは、カーテンで仕切れるから着替えも問題ないと思っていたけど、男の子はそもそもそんなことすら気にしないんだ。
わたしが千隼くんの裸を見て、こんなにもドキドキしているというのに、おそらく千隼くんはなんとも思っていないはず。
そのあと、シャワーを浴び、パジャマに着替えて出てくると、なぜか千隼くんに謝られた。
「ごめん、咲姫!俺、配慮が足りなかったよな…」
「…えっ?」
「だって俺、いつも通りにシャワーから上がってきただけだったけど、咲姫にしてみれば…俺の裸なんて見たくなかっただろ?」
わたしが、目のやり場に困っていたこと…。
千隼くん、あとから気づいてくれてたんだ。
「ううん、そんなことで謝らないで。てっきり大浴場に行っていると思っていたから、それでちょっとびっくりしただけ」
「ほんと…ごめんっ。さっそく気を遣わせて…」
千隼くんは、ベッドの上で正座をし、明らかに落ち込んでいるのがわかる。