春休み。
人でごった返した空港を、スーツケースを引きずって歩く日曜日。
これから、東京からシドニーへと発つ。
かかる時間は10時間。
時差は2時間だからそこまで大きくはないけど、飛行機の中でなるべくぐっすり寝ておきたい。
友達から送りに行きたいというメッセージは沢山あったけど、どれも断って独りでここに来た。
この留学で、自分のことを見つめ直して成長したいと思ったからだ。
ガラス張りの窓の外、飛行場をゆっくりと走る大型の機体。
空はあまりにも……飲み込まれそうなほどに晴れていて、雲ひとつない晴天だった。
ふとポケットの中に手を入れて、お守りと称した自分の第二ボタンに触れる。
七瀬に渡そうと思って渡せなかった、このボタン。
欲しがる人もいたけれど、どうせ渡せないなら自分で持っておきたかった。
留学を伝えた時、一瞬泣きそうになりながらも文句を言わずに頷いてくれた彼女。
勝手に決めたことだから、怒られるとばかり思っていた。
だけど七瀬は、臆病な俺を受け入れてくれた。
だから、俺もこの機会に成長しなくちゃいけないんだ。
自分の気持ちと素直に向き合って、俺はどうしたいのか、何を望んでいるのかをハッキリさせて。
そうしたら、また七瀬に会いにいくと決めた。
待っててと言わなかったことを、後悔しなかったかといえば嘘になる。
けれど、俺が向こうの大学で過ごすのは二年。
その間、彼女が日本で一人寂しい思いをするのもイヤだった。
来年はまだいい。
彼女も高校三年生だ。
だけど再来年にもなれば、彼女も大学生。
新たな出会いもあるだろうし、その時俺じゃない誰かを好きになることだってあるんじゃないか。
だから、俺の身勝手で待たせる訳にはいかなかった。
七瀬はきっと幸せになれる……いや、幸せを自分で見つけられるから。
俺も、俺の幸せを探さなきゃ。