「もう夜だぞ」
帰宅しようと立ち上がったところに何者かの声が聞こえた。
私は焦って思わず戦闘態勢になる。
「俺、葉月透真。東屋さんのクラスメイト」
すぐに元の態勢に戻ると大きく息を吐く。
よく見ると、彼は有名なスポーツブランドの長袖のジャージを着ていて、見るだけで暑苦しい。
本人も額から大汗を流していた。
彼は、後ろを向いて首元にかけていたタオルで汗を拭き取ると、また私の方を向いた。
「葉月くんか、びっくりしたよ」
葉月透真と名乗る彼は、私のクラスメイトであり、学級委員を務める責任感のある人だ。
とはいえ、彼自身が立候補したのではなく、クラスメイトからの推薦だった。
にもかかわらず、彼は仕事を淡々とこなし、ますます皆から信頼をおかれる存在になっていた。
彼はクラスの所謂陽キャと呼ばれる集団に属していることもなく、私が見る限り一人でいることが多かった。
普段はおっとりしているが、リーダー的存在にもなれるという人間なのだろうか。
一言で表すには難しい人物であることは確かだった。
「この時間に外出するっていうことはそういうことも覚悟しろよ」
元々、彼との関わりが一切なかったために、肝心な比較の対象はないが、何となく、今日の葉月くんは私の思っていた印象とは違うような気がした。
彼と言葉を交わしたことがないのだから印象が違っても無理はないのかもしれないが、これが普段とのギャップというのか、と特に重要ではなかったために勝手に納得することでこの件に関しては無理矢理思考を停止させた。
「そういうことって何?」
「そのままだよ。まぁ早く帰りな」
そう言い残して帰ろうとする葉月くんを慌てて引き留める。
「葉月くんはなんでここにいるの?」
別にそんなことが聞きたかったわけではなかった。
「いたら悪いかよ」
その言い方に嫌味はない。
私は、別に、とだけ返した。
「落ち込んだ人がいたから声かけただけだよ」
「そうなんだ、わざわざありがとう」
「別に。何があったのかは知らないけど無理はするなよ」
そう言い残して、彼は振り返ることなく弾むように住宅街に駆けていった。
思わぬところで人の優しさに触れた私は、少しだけ元気を取り戻して帰宅した。