「おい、どけ」

「やだ」

「あと10秒以内にどかないなら、この汚ねぇモップがお前の上を通っていくことになるが」


考え事をしながらぼーっと眺めていたら、いつの間にか緒方くんは私の所までモップがけを終えていたらしい。

50cmほど先の位置に灰色に汚れたモップがあって、不快な気持ちになった。

モップの先から視線をあげていくと、逆光で顔はよく見えないが緒方くんがモップの柄先に顎を乗せて私を見下ろしている。



「起こして」



ほんのいたずら心だった。

起きるのも面倒だし、緒方くんに好かれたい気持ちが微塵もないから出来た子供じみたわがまま。

緩く手を上に伸ばして、起こすよう催促する。


「幼稚園児かよ」

「女子はよくやるよ?」

「俺は女子じゃねぇ」

「私の中で人カテゴリにいないから大丈夫」

「なんだモップがけされたかったのか。それなら最初からそう言え」

「今すぐ起きます」


緒方くんがモップから顎を離したのを見て慌てて起き上がろうとすると、何故か緒方くんはそのまま柄を手放した。

ガラガラの体育館に柄が地面に落ちた音が思ったより響く。

そのままこっちに近づいてくると彼は私の頭上に立ち、起きるために引っ込めた私の手を両方掴んだ。


「へ?」


え、これじゃ起き上がれなくない?

そう思ったと同時に、腕に負荷がかかる。