慧は思い出したようにパッと表情を変えて,嬉しそうに言う。




「そうだっ,俺名前聞けたんだよ! 見つけて,御礼言って,教えてもらった!」

「えっ良かったね」



普段からキョロキョロと相手を探していた姿を応援していた愛深は,間髪いれずに反応した。



「えっとね,橘 寧々(たちばな ねね)さん!」

「へぇっ,可愛い名…」

「は?」



俺たちはその声を聞いて,弘を振り返る。

唐突に横から発せられた声に,俺までぎょっとした。



「弘?」



愛深が困惑するほど,弘は何故か不機嫌だった。



「あ……いや,その人彼氏いるから止めた方がいいよ」

「え…」

「弘,知ってるの? その先輩」



ショックを受けた様子の慧に変わって,話を続けたのは愛深だった。



「……まぁ」



そういう弘は,どこか歯切れが悪い。

そして機嫌も悪く,焦ってるみたいでもあった。



「愛深ぃ~。放課後,前んとこ」

「ん,分かった。前んとこね」



突然そんなこと言われても慧はやはり愛深を頼る。

その様子に,本当は大してダメージも負ってないんじゃないかと思った。

だって,慧が本当に,長く想っているのは愛深だけだから。

それがなんであんな勘違いに発展して引きずられているのかと言えば,単に慧が鈍感だからに他ならない。



「おい。勝手に勘違いしてるうちはほっとくんじゃなかったのかよ」

「うるせぇわ。知り合いだったんだよ」

「なんか怪しい」

「……」



健が弘に声をかけ,2人が小さく衝突するのを,俺は黙って聞いていた。